スノウ・ハットの銀世界と茶色いマイケル⑰

スノウ・ハットの銀世界と茶色のマイケル スノウ・ハットの銀世界と茶色いマイケル

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 あっはっはっはっは!!

 茶色いマイケルの家に、お母さんネコたちの笑い声が響き渡った。

 普段はもっと大人っぽく「うふふ」って笑うのに、まるで子ネコみたいだ。そんなに大口開けて。虫が飛び込んできちゃっても知らないんだから!

「もう、そんなに笑わないでよー!」

 お母さんネコたちは笑い過ぎて、いっそ苦しそうな顔に見える。心配になってくるじゃないか。

「ごめんなさい。でもずぶ濡れで毛をペシャンコにして、ボロボロになった茶色いマイケルを思い出すと……ふふふふふ」

「そうよねぇ、チルたちよりも汚れて帰ってきたのなんて、いつ以来かしら」

 本当はね、茶色いマイケル自身分かってる。玄関に据え付けてある大きな姿見で見たんだもの。

 毛もヒゲも垂れちゃっててさ、ちっちゃなおじいさんネコが立っているみたいだったんだ。そんなの……。

「あ、茶色いマイケルちゃんも笑ってる!」

「わ、笑ってないよう!」

 ムキになった声は笑い声そのものだった。

 3匹はひとしきり笑いあい、お腹を休ませたくて紅茶の湯気を吸い込んだ。その時にね、お母さんネコがポツリとこういったんだ。

「今年はどんな物語を聞かせてくれるかしら」

 物語。

 茶色いマイケルはいくつもの絵本を思い浮かべる。本棚に並んだ様々な背表紙が空中に投げ出され、触れてもいないのにパラパラとめくられた。

 そこには何度読んでも心躍る冒険の話がつづられている。遠い世界の夢見るような物語がいっぱい。

 だけど。

『今年はどんな物語を聞かせてくれるかしら』

 一つの本が開いた。

 今までに見たことのないその本には、茶色いマイケルたちの見た、あの美しい銀世界が描かれている。

 チルたちがいて、太っちょ子ネコがいて、女の子子ネコがいて……あの日シロップ祭りで出会ったすべてのネコたちが、その本に載っているんだ。

 物語。

 そうか、ボクは物語をお母さんネコに聞かせたんだ。

 茶色いマイケルの瞳に、外からの光以上の輝きがともる。全身の毛が風に撫でられたように波を打った。

 ねぇ、この子ネコはどんなことを感じたと思う?

 物語の主人公になれると思ったのかな? かっこよく敵をバッタバッタとやっつけたかったのかな?

 そうだなぁ。

 茶色いマイケルはね、こんな風に思ったんじゃないかな。

 今年もきっとすごい物語が待っている。雪さえ降れば物語が降ってくるんだ、ってね。

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 笑い声が静まり、家の中が落ち着きを取り戻した。

 一区切りついたかなと思った茶色いマイケルは、ティーカップやソーサーを流し台に運ぶ。薄い食器は割れやすいから慎重に運んだよ。

 チルたちのお母さんネコは、ふきんを絞ってきてテーブルを拭いてくれていた。

 お母さんネコはじっと座っているはずだった。

 ガタッ。

 床の軋む音がした。少し強めに足を踏みこむ音。別に変な音じゃない。日常生活にはありふれた音で、出そうと思えばいつだって出せる音さ。ちょっとよろけるだけで簡単に。

 茶色いマイケルは流し台の方を向いたまま、耳の向きに注意した。そっち側・・・・に向いてしまいそうになるのを我慢したんだ。

 家の中が一瞬、静けさに沈む。打ち消すように、水道の蛇口をひねってジャバーっと水を出した。

 背中から伝わってくるのは安堵の雰囲気だ。2匹はホッとして、胸をなでおろしたらしい。

 良くないみたいね。

 流れる水の向こう側に、チルたちのお母さんネコのかすかな、本当にかすかな声が聞こえた。下手をすれば隣にいても聞こえないくらいの小声だろう。耳がそっちを向いていないなら、なおさら聞こえるはずもない。

 だけど、茶色いマイケルは耳の神経を 研ぎに研いで研ぎ澄まし、気遣うようなその声を拾った。

 そして、二匹に聞こえるくらいの音量で、鼻歌を口ずさんだ。二匹は会話を再開する。

「雪が降る前に行けてよかったわね」

「ええ。だけど降ってからでもよかったわ。猛吹雪だってかまわず駆け回る、そんなところがいいの」

「ふふ。雪が降ったらひょっくり出てきそう」

「そうね、だから毎年雪が降るのを楽しみにしてる」

 ティースプーンを洗い流し、食器かごに立て掛ける。手に泡がついていないか ようく確認してからタオルで拭った。

「ねぇ、チルたちのお母さんネコ。チルたちは家にいる? ボク遊んでくるよ」

 十分に時間をかけて振り返ると2匹の親ネコは、

「ええ、家にいるわ。そろそろ退屈して遊びたがっている頃でしょうね。お願いできる?」

「チルちゃんたちによろしくね」

 と、さっきまでと変わらない、ゆったりとした笑みで言葉を返した。

「うん、ボク遊んでくる!」

 見上げると同時に時計が鳴った。姿見に写った自分を見て、茶色いマイケルは両手でほっぺをつねった。

 チルたちと遊んでくれば何か起こるかもしれない。あの子たちと一緒だと色々なことが起こるからね。

「楽しみにしてて、お母さんネコ!」

 お母さんネコは「?」と首を傾げてから、

「あんまり遅くならないようにね」

 と手を振った。

***

 そして今。

 見晴らしいい屋根の上。

 雪の降らないシロップ祭りの朝。

 あの日のお母さんネコを思い出した茶色いマイケルは、広場を見て、空を見る。

 一つの雲もない冬の薄空を、悠々と 気持ちよさそうに泳ぐ鳥。

 物悲しい子ネコの鳴き声が、冷たい風にのまれて消えた。

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