スノウ・ハットの銀世界と茶色いマイケル⑤

スノウ・ハットの銀世界と茶色のマイケル スノウ・ハットの銀世界と茶色いマイケル

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 子ネコたちにとって秘密基地は特別なんだ。

 他のネコを招いたりしない。

 みんなそれぞれに秘密基地を持っていて、だからスノウ・ハットには子ネコたちの秘密基地がごまんとある。

 ほとんどは丘の周りの林にあり、草の上にシートを敷いただけの簡単なものさ。自分の家の裏庭に作っている子ネコもいるよ。

 誰も口には出さないことだけど、秘密基地にはね、とっても大事な約束ごとがある。

『もし他の秘密基地を見かけても見なかったことにする』。

 スノウ・ハットのネコたちは、この約束ごとを絶対に守ってる。もし破ったらどうなるのかって? そういえば考えたことがなかったな。

 赤ちゃんネコが大きくなって、遊びに出かけられるようになると、近所のお兄さんネコお姉さんネコたちが呼びに来る。

 年上ネコさんに連れられて外に出かけると、そのときに 秘密基地の約束ごとを教えてもらうんだよね。それから作り方と、作っていい場所を聞いて、でもそれ以上は手伝ってくれない。

 本当に、たったの一匹だって他のネコを招き入れたりはしないんだ。

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 茶色いマイケルは、テーブルの向こうにいるお母さんネコに向かって目をぱちくりさせていた。

 食べたばかりのカリカリパイの匂いに うっとり しちゃいそうになりながらも、一生懸命それをがまんしてお母さんネコを見つめたよ。

 いったいどういう気持ちで見ていたのか、茶色いマイケルにだって分からないけど……しっぽの毛はぶわっと膨らんでいたかな。

「どうしてお母さんネコのハンカチから、ボクの秘密基地の匂いがするの!?」

 お母さんネコも驚いた顔をしていた。半分開けた口を右手で覆っている。

 茶色いマイケルもお母さんネコも、しばらく驚きっぱなしで止まっていた。そして、

「そう。茶色いマイケルもあの秘密基地を……」

 と静かに言ったのはお母さんネコだった。

 そして懐かしがるように目を細めたんだ。

 茶色いマイケルの耳はお母さんネコの話を聞き逃さないように、真ん前を向いてじっとしていたよ。

 口は静かに開いた。

「お母さんネコはね、子ネコだったころ、一度だけあの秘密基地に行ったことがあるの」

 茶色いマイケルの口が ぽっと開く。

「ちょうど今くらいの時期だったけど、もうちらほらと雪が降り始めていたわ。あの辺りの秘密基地に隠れていた他の子ネコたちが、「寒くなる前に」って言って家に帰る中、私はずんずん林の中を進んでいった。お転婆だったの。うふふ。雪が降るなら積もるところを見たかったし、誰よりも最初にまっさらな新雪に飛び込みたいって思っていたくらいよ」

 お母さんネコが笑うと、手に持ったハンカチから秘密基地の匂いがほわほわと漂ってくる。

「わたしは木々の間を駆け回っていた。そうしているうちにいつの間にか辺りは暗くなっていて、あの囁くようなフクロウの声が聞こえ始めたの」

 フクロウと聞いた茶色いマイケルはヒゲをピンッと尖らせた。子ネコにとって大きな鳥はとても危険なんだ。気を抜いていると連れ去られちゃう子だっている。

 まぁ、赤ちゃんネコでもない限り、遠くまで連れていかれたりは しないんだけどね。それでも変な道に迷い込んじゃったらフクロウの思うつぼさ。だってフクロウは子ネコの鳴き声が大好きなんだから。「ホーウ、ホーウ」って静かに笑ってる。

「やっちゃった、と思った時にはフクロウが大きな大きな羽を広げて飛びかかってきて、あの遠慮容赦のない鋭い爪につかみ取られていたわ」

「そんな! 痛いよ!」

「ええ、すごく痛かった。だけど10メートルも運ばれなかったかな。わたしが無茶苦茶に暴れてたら、フクロウもたまらくなって羽を散らして逃げていっちゃった」

「あはは! すごいや!」

「だけど10メートルでも夜の林。暴れたりもしたから帰り道を見失っちゃったの。茶色いマイケル、もしも木のたくさんあるところで迷ったら、やたらと歩き回っちゃだめよ?」

 茶色いマイケルは「どうして?」としっぽと首を傾げた。

「ボクたちの鼻は特別いいって、お母さんネコだって言ってるじゃない。10メートルくらいなら匂いを辿ればすぐに元の場所に戻れるよ」

 お母さんネコはうっすらと目元をたわませたけど、頭は横向きに振った。

「本当の林はね、お母さんネコたちの匂いよりも もっと強い匂いで満ちているの。スノウ・ハットの街ではマーキングもおしっこスプレーもガマンしなさいって言われてるでしょう? でも林の中ではそうじゃない。ネコたち以外にももっといろいろな、たとえばキツネやタヌキやマークィーなんかもあちこちにおしっこをしたり体を擦りつけたりしているんだから」

「マークィー!」

 グワンと背もたれを押すように仰け反った茶色いマイケルは、

「伝説の動物、マークィーッ!」

 と叫んだ。

「マークィー、マークィー、マークィー! マークィーがいるの!? このスノウ・ハットの、ボクたちの秘密基地のすぐ近くに……マークィー!」

 それは別の世界に放り投げられちゃったかと思うくらい、茶色いマイケルを動揺させた。なぜならマークィーという動物は絵本の中の、作られた物語の中にしかいないと思っていたんだから。

 スノウ・ハットのこの平和な街が、そんな危険と隣り合わせだったなんて……っ!!

 茶色いマイケルは全身の毛を下から順に逆立出せて身震いした。

 お母さんネコはそんな茶色いマイケルを見て、ほろりと涙をこぼしたんだ。

「えええっ!? どうしたのさ、お母さんネコ!?」

 仰天したのは茶色いマイケルさ。

「おやおや、何でもないよ。ちょっと目にゴミが入っちゃっただけ」

 普段なら「そんなはずないよ」って言って、もっと心配していたかもしれないね。

「なーんだゴミか。ちょっとお掃除した方がいいかも。ボク雑巾を絞ってくるよ」

 あとでいいのよ、と背中に呼び掛けられたけれど、茶色いマイケルは掃除道具のある方へどんどん行ってしまった。聞こえなかったわけじゃない。その証拠にちゃんと耳はお母さんネコの方を向いているんだからさ。

 とっても興奮していたんだよ。

 マークィー……伝説の動物がスノウ・ハットの林の中に……!

 茶色いマイケルの心についた小さな火が、胸の奥でチリチリと熾火になっていく。

 それはそうと茶色いマイケル。マークィーの話に気を取られちゃって、秘密基地の話を聞いてないんじゃない?

 困った子ネコ!

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