3-12:大空のマタタビ

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 爪と牙とを剥き出しにしたものの、灼熱のマイケルはぐっと堪える。

「……それが最善だった、と?」

 ぐつぐつと煮えたぎる熱湯のように押し殺した声。茶色いマイケルは微笑んだままのカラバさんへと目を移す。でも口を開いたのは果実のマイケルだったんだ。

「なるほどねぇ。一つ確認するんだけどぉ、大空の国に行くために必要なものもさぁ、『大空のマタタビ』なんでしょぉ?」

「さすがでございます。果実のマイケルさん」

 は? という声が重なったけれど、灼熱のマイケルのは意味合いが違うみたい。

「おい待てどういうことだ! 『大空のマタタビ』を手に入れるには大空の国に行くしかないのだろう? なのに大空の国に行くために『大空のマタタビ』が必要だと?」

 なんだか自分のしっぽを捕まえようとしてグルグル走り回るみたいな話だね。そんなの目が回っちゃうよ!

「どういう理由からかは知らんが、貴様、初めから治療薬を渡すつもりなどないのではないか?」

「滅相もありません」

「しかしこれでは堂々巡り、『大空のマタタビ』など一生手に入らないではないか!」

 噛みつくように尋ねる灼熱のマイケル。余裕のたっぷりのカラバさん。おろおろする茶色いマイケルは果実のマイケルにすがるような目を向けた。

「治療薬に必要なのはぁ『大空のマタタビ』だけどぉ、大空の国行きに必要なのはぁ別の物でもいぃ。そういうことじゃなぁい?」

 カラバさんに負けず劣らずのおっとりした声がその場を静かにさせたよ。そこにほとんど音のしない拍手が打たれた。

「お見事。灼熱のマイケルさん、私の言葉が足りなかったようです。どうぞ今一度ソファーに。……ありがとうございます。では改めてご説明いたしましょう。大空の国に行くためには確かに『大空のマタタビ』が必要。これに間違いはありません」

 しかしながら、と全員と目を合わせる。

「当店は交換をなりわいにしております。わずかな手数料は頂きますが、現物の価値を見極めた上で、それに見合ったものであれば等価で交換させていただいております」

「……つまり『大空のマタタビ』に見合う品があれば、それと交換できると。そういうことか」

「はい」

「一応訊くが、この地でも手に入るものなのだろうな」

「もちろんでございます。そうでなければそもそも交換が成り立ちませんからね」

 熱い石に水をかけたような息を吐く灼熱のマイケル。少しは落ち着いたみたい。それからカラバさんは、どうしてピッケをこんなところに放置するようなことをしたのかを説明してくれた。

「ピッケさんがお父様の薬を手に入れるためには、誰かの助けが不可欠です。お話を伺う限り、一度スノウ・ハットの街に帰ったとしても資産はない。それどころか往復するだけの荷物の用意があるのかも怪しいところ。それならばメロウ・ハートで食べ繋ぎながらでも、薬に繋がる方との接触を図られた方が可能性はあります」

「それってさぁ、あの赤サビネコが薬に繋がってたってことぉ?」

 静かなうなづき。表情で拍手するカラバさん。

「流通の途絶えたこの都市で、あの赤サビネコさんだけが大空の国へ渡る可能性をお持ちでした。この廃墟寸前の都市で唯一、生産的な行動をとっていらっしゃった、と言った方が分かりやすいでしょうか」

「……っ! マタタビか」

「はい。規模は小さいながら荒野に残ったわずかな水脈を利用し、マタタビを栽培しておられたのです」

 茶色いマイケルの脳裡にパッと浮かんだ小さな茂み。バイクネコたちと荒野で出くわした時に見た、あのマタタビの茂みのことを話しているんだね。

「こういうことか。普通のマタタビの葉を何枚か集めれば、『大空のマタタビ』と等価くらいにはなる、と」

「ええ。質にもよりますが、枚数さえあれば交換は可能です」

「しかし待て、それならば治療薬自体とも交換できたのではないのか?」

 あぁたぶんねぇ、と割って入ったのは果実のマイケル。

「治療薬の材料自体が『大空のマタタビ』だったぁ。でしょぉ?」

 カラバさんは指をパチンと鳴らした。なんだかよっぽど果実のマイケルのことを気に入っているみたいなんだよねこのネコさん。

「さらに言えば数量の問題でございます。大空の国へ渡るために必要な『大空のマタタビ』は約5枚。それに対して治療薬の材料として必要な『大空のマタタビ』は20枚」

「にじゅ……」

 20枚というのがどれほどの価値かは分からないけど、ピッケが今まで持ってきたマタタビの葉っぱでは、大空の国へ渡る5枚にも届かなかったってことだからね、うな垂れちゃうのも無理はないかな。

「ですがご安心を。大空の国に行きさえすれば、『大空のマタタビ』はそこここに自生しております。何十枚持ってこようとも誰も文句は言わないでしょう」

「えっ! じゃあ5枚で行って、いっぱい取ってくれば薬はたくさん作れるってこと?」

「ええ、ええ、そうでございますとも、茶色いマイケルさん」

 大げさに褒められてから、実は当たり前のことしか言ってなかったことに気付くとさ、ちょっと恥ずかしいよね。

「しかし私もこれほど時間がかかるとは思ってはおりませんでした。一応あの方たちにもお話はしたのですが……」

 赤サビネコさんたちは何度も『大空のマタタビ』を交換していったらしい。だけど、その度に自分たちで使っちゃったんだって。一枚ずつの交換だったけど、全部合わせると20枚は軽く超えてたっていうんだからさ、信じらんないね!

「5枚貯めるだけで莫大な利益を得られるというのに、それくらいの我慢すらできんとは、マタタビなどやるものではないな」

 子ネコたちのうなづく姿に、さすがのカラバさんもちょっと苦笑いだった。

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