2-19:冒険の誘い

ホロウ・フクロウの大森林と灼熱のマイケル ホロウ・フクロウの大森林と灼熱のマイケル

***

 茶色いマイケルと灼熱のマイケルは、お互いの服や毛についた泥を払いあった。乾燥した土がぽろぽろと落ちていくのは見ていて気持ちがいい。

 なんだかこういうのって、初めてだな。

 最近は他の子ネコたちと遊ぶにしても、お兄さんネコとして振舞うことが多くなっていた。ちょっと頼りないところのある茶色いマイケルだから、年下の子ネコたちに気をかけてもらうことだって、あるにはあるよ。

 でもね、こうして交代で何かをし合うっていうのはなかったかもしれない。

「のう、茶色よ」

 声は背中側から。手を動かしながら灼熱のマイケルが呼びかける。

「どうしたの、灼熱」

 2匹はおんなじ名前だからね。それぞれの特徴だけで呼び合うことにしたんだ。

「改めて聞くが、お前、ワシと一緒に冒険の旅に出んか」

「冒険」

 茶色いマイケルのしっぽがピンと伸びて、ソワソワと動き出す。目の前をうろちょろするしっぽに灼熱のマイケルがムズムズし始めた。

「きっと有意義な旅になる。ずっと、などとは考えなくてもいい。少し……そうだな、近隣の国に何日かだけでもいい。ワシが今目をつけておるのは二つ山を越えた先にあ」

 茶色いマイケルはそこで頭を振った。縦、じゃなくって、横にね。

「ありがとう。だけどボクはこの街にいるよ」

 迷いのない声だった。

「正直に言うと、キミの話はとっても気になる。ボクだって色々な国に行ってみたいし、キミの言う”壁”を乗り越えて、立派になりたいからね。だからって、すっごく迷ってるわけじゃないんだ。ボクはもう決めてる。ボクはスノウ・ハットに残るよ」

 灼熱のマイケルは、毛をくその手を止めた。次の言葉を探しているみたいだけど、なかなか出てこないんじゃないかな。

 茶色いマイケルは自分の肩を眺めるように、少しだけ振り返った。

「お母さんネコに話してあげる物語が今、見つかったからね」

「そうか」

「うん。来年も、再来年も、ボクはここで物語を見つけられる。たとえまた雪が降らずに、スノウ・ハット中の子ネコがうつむいていたとしても、ボクは探すよ。そしてみんなに聞かせてあげるんだ」

 背後で大きなため息が聞こえた。

「そこまできっぱりと言われてしまえばいっそ清々しい。認めざるを得んよ。茶色、お前の選択は素晴らしい。それも一つの正解なのだとな」

 ぽんと後ろから肩を叩かれ、茶色いマイケルはしっぽを振った。でもね、ちょっと思いついたことがあったんだ。

「ねぇ灼熱。まだ時間ある?」

「ん? ああ、寝る以外の時間はすべて使えるぞ」

「だったらさ、陽も高いことだし」

 もう一回くらい森にチャレンジしてみてもいいかも。

 そう言って振り向いた先には、瞳に炎を浮かべた子ネコがいた。

「そう来なくては! まだマークィーも見つけていないしな。しかし大丈夫かぁ? またワシの背中でブルブル震えているだけになるのでは?」

「いやいや、さっきは気持ちがまだ出来てなかったんだよ。でももう心配ないさ。だってボクはホロウ・フクロウを倒したキミに、灼熱のマイケルに勝った子ネコなんだから!」

「ふはは、調子に乗りおって。もう一度やり合えばワシが勝つぞ」

「どうだろうなぁ。さっき分かったけどキミ、力は強いけど体力ないでしょ。みるみる疲れていくのがわかったもの」

「ぐはっ」

 ポンポンと言葉が出てきて会話が弾んでいく。はははと大口をあけ、目もつむっていられないくらいに笑った。

 まさにその時だった。

 突風が2匹を吹き飛ばし近くにあった頼りない樹に打ちつける。周りの木々は弓なりに反りかえり、今にも根っこからもぎとられてしまいそうだった。空は墨を流しこんだように黒く染まって、みるみる辺りも暗くなってくる。雨雲も出てきた。いや、雷雲だ。

 なんだ、どうした、なんて声は出ない。2匹はソレを目の前にしていたんだからね。

 ソレは、この森のどこに潜んでいたのかと思うほどの巨体だった。あのホロウ・フクロウでさえ10メートルほどの大きさだったのに、ソレに至っては50メートルを優に超えている。翼を広げた姿は視界の端から端にも治まりきらないほどだ。

 ギェェエェエェアアッ

 空を破りちぎるような叫び声に、2匹は耳を押さえて 口を開けて 鳴き声を上げた。確かに「ニ゛ャァーッ!」と鳴いたはずなのに、それが聞こえない。打ち消されたんだ。もう、パニックさ。

 巨大な翼が右から羽ばたけば左に飛ばされ、左から羽ばたけば右に飛ばされる。木に当たって動きを止めることもあったけど、空中で弄ばれることの方が多かった。されるがままになる2匹。

 しかしそんな中、茶色いマイケルの腕が強い力で握りこまれた。

 目を開け、ぐるんぐるんに揺れる視界の中、見えたのは友猫の顔。何か言っている。口をパクパクさせているようにしか見えないけれど、茶色いマイケルに何か伝えようとしていた。

 茶色いマイケルはうなずいた。

 2匹は次の突風のタイミングで、樹の腹を両脚でしっかりとらえると、思いっきりバネを溜めて別の樹へと飛ぶ。そこへ突風が邪魔をしにかかるが、ちょうどそのタイミングで別の樹の腹を捉え、またバネを作った。そうしていくつかの木々を乗り継いでいき、2匹はついにご先祖ネコ様の丘へ向かう一本道まで来たのだった。

 まるで小さな動物みたいに早い呼吸。お互いの顔を見合い、

「闘わないの?」

「あんなのと闘えるか! とっとと逃げるぞ」

 と確認して坂を駆け下って行った。

「……あは」

「……くく」

「あはははははは」

「くはははははは」

 必死で逃げながらも、可笑しくってしかたなかったよ。

 あとでさ、世界は広いねって言って、2匹はまた大笑いしたんだ。

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