2-13:消沈

ホロウ・フクロウの大森林と灼熱のマイケル ホロウ・フクロウの大森林と灼熱のマイケル

***

「さて、そろそろ行くか」

 そうだね、と応える茶色いマイケルに、燃える炎の子ネコは手を差し出した。

「大丈夫」

「そうか」

 茶色いマイケルは片ヒザを立てて、ゆっくりと立ち上がり、汚れた膝小僧を手で払った。湿った土の跡が暗がりでもわかるくらい、濃く残っていた。

「よし! では気を取り直して冒険の再開だ。図体だけのホロウ・フクロウには正直がっかりしたと言わざるを得んが、まぁいい。この森にはマークィーがいるかもしれんのだからな。どんどん進むぞ、森の奥へ」

 陰気な湿気を、ひと息でカラッカラに乾かしてしまいそうな明るい声。耳のいいフクロウたちに聞こえていたなら、バタバタと慌てているかもしれない。

 そんなことを考えながら、茶色いマイケルは口を開いた。

「ごめん。ボクはここで」

 勢い込んで一歩を踏み出そうとしていた燃える炎の子ネコが、ピタリと動きを止める。

「帰るのか?」

「……ぅん」

 短くない時間、2匹の間にさまざまな森の音が通り過ぎた。風鳴り。虫の羽音。小鳥の飛び立つ音。

 先に沈黙を破ったのは茶色いマイケル。

「ほ、ほら、元々はさ、間違って秘密基地に入っちゃわないようについて来たんだからさ、ボクのやることはもうないでしょ?」

 燃える炎の子ネコはコクリともせずに、ただ耳を傾けている。

「ここから先には誰の秘密基地もないしね。帰りだって、もう分かるよね?」

 それでも動かない口と視線。岩のように微動だにしない身体。

「でも気を付けて行ってきてよね、ホロウ・フクロウを簡単にやっつけちゃったからって他にもっと怖い動物がいないってわけじゃないんだしさ。そうだ、マークィー。マークィーがいるかもしれない。きっと怖い動物だよ。もしかしたらホロウ・フクロウがこんな森の入り口にいたのって奥にマークィーがいたからかもしれないね。追い出されてきちゃったのかも。ボクたちを脅かそうとしたのもきっと気が立っていたんだよ」

 だんだん早口になってきていることに、茶色いマイケルは頭のどこかで気づいていた。

 だから、ふっと勢いを止めて、目をつむったままゆっくりと首を横に振ったんだ。

「冒険ができて良かったよ」

 茶色いマイケルは落ち着いた声で言う。

「ボクだけじゃこんなところまで来られやしなかった。言いつけを破っちゃったのは……ちょっと心配だけど、それでもいい冒険ができたとおもう。ボクね、雪が降らないと、お母さんネコに何も聞かせてあげられないと思ってたんだ」

「……ふむ」

 燃える炎の子ネコが少しだけ身を乗り出したように感じたのは、まちがいじゃないと思う。

「雪が降って、シロップ祭りが始まったらさ、きっと何かすっごく大変なことが起きて、面白おかしい物語が始まるんだって、そう思ってた。だからね、キミが、あの迷子の子ネコに言った言葉がずっと頭に引っかかってた」

『知らない街にはいろいろな冒険や出会いが待っている』

 そう、迷子の子ネコセンターへむかう坂道での話さ。

「だから飛び込んでみたくなったんだ。そうしてよかったよ、ホントだよ。……ちょっと怖かったけどね」

 へへ、と笑ってみせる。

「冒険はできた。これでお母さんネコに物語を話してあげられる。まぁ、ほとんどはキミのことだけどさ。忘れないうちに話してあげなきゃ」

 だから、帰るよ。

 言葉にはしなかった。

 気持ちを話せたことに、茶色いマイケルはホッとしていた。何も言えずにさっさと別れちゃうには、なんていうのかな……もったいない? そんな気がしたんだ。

 そして、できれば相手にも同じ気持ちでいてほしい、なんてことも。

「そうか。ご母堂ぼどう物語ものがたってやらねばならないというのなら、無理強いはできんな。なかなか親ネコ孝行な若ネコだ、今時珍しい」

「お母さんネコのことをご母堂なんて言う子ネコの方が珍しいと思うけどね」

「そうだろうか」

「そうだよ」

 被せるように答えると、クハハと豪快に笑い飛ばされた。その笑いの途切れたところを見計らって、

「じゃあ」

 と切りだす。声に、ちょっぴり名残惜しい気持ちが声に出ちゃってる。

「また、戻った時にでも話を聞かせてくれたら」

「いや、ワシも戻ろう」

「え?」

「これ以上森を奥へは進まず、ワシも引き返すとするよ」

 どうして、と続けられない。驚きすぎていたわけじゃないよ。そうじゃなくって、ちょっとだけ、ちょっとだけさ……。

 茶色いマイケルは高くなりそうな声を押さえるようにして、

「そっか。じゃあ、これからどうする? もしよかったら家に遊びに来ない? お母さんネコもきっと喜ぶと思うんだけど」

 と燃える炎の子ネコを誘った。

「何だったら泊って行ってもいいよ。家は広いんだ」

「そうだな」

 ホント!? と、口から飛び出しそうな声をどうにか我慢する。たぶんこの子ネコにはバレちゃってると思うけどね。

「それもいいかもしれん」

 2匹は道を引き返した。

 臭いのせいで帰り道は曖昧だったけど、樹の上に登りさえすれば、ご先祖ネコ様の丘が目印になるからね。それを目指して進んだよ。

 そして林にまで戻ってきた。

 元々、森から林まではたいして離れてなかったんだけど、それにも増して近かったように思う。

 茶色いマイケルが去年のシロップ祭りのことを話すと、燃える炎の子ネコが大笑いした。それはスゴイ冒険だな、ってうらやましがってもいた。来年こそは雪がふるからまたおいでよと言うと、雪が降らなくても来るとも言っていた。

 そんな風に、ずっと楽しく歩いて来たからさ、林を抜けようとしたところで言われた言葉に、茶色いマイケルは唖然とするしかなかったんだ。

「さて、子ネコどもの秘密基地を暴いてやるか」

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