4-16:贈り物

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『大空には力があった。

 だけどとても寂しい場所でね、鳥は鳴けどもネコ1匹いやしない。

 僕の力を使えば今みたいにネコを浮かすことは出来た。簡素な食べ物を作ることだってできる。でもそれだけじゃあネコたちは暮らせない。家を建てる資材がないし、地上から持ってこられたとしてもそれを浮かせ続けることは困難なんだ。

 空の力は強大でも浪費は避けなきゃならない。いざという時、他に支障が出るかもしれないからね。大空の国のネコたちはあくまで自分たちの力を”芯”で変換して飛んでるのであって、力の全てを僕が賄っているわけではないんだ。

 そんなわけで僕は長いこと、空からネコたちの営みを眺めるくらいしかしてこなかったのさ。他にできることと言ったら害することくらいだからね。

 寂しい、と思っていたのは確かなんだけど、それを誰かに伝えたことはなかった。だけどあいつは、それを造ってくれた』

 4匹のマイケルたちの作る輪の中に、2匹の動物的なネコが残る。

 1匹は大空ネコさま。もう1匹は大地ネコさまだ。大地ネコさまは大空ネコさまの元へ行き、舌で毛づくろいをしてあげた。

 するとそこにミニチュアの山脈が現れたよ。今遠くに映し出されているクラウン・マッターホルンを部分的に切り取って小さくしたものさ。すごくギザギザしていて、もしあの上に倒れ込んだらケガじゃすまないだろうな、きっと。

 『クラウン・マッターホルンは空資源の塊だった。空でありながら山。山であって空。そこで採れるものは土であれ樹木であれ金属であれ、全て空に浮かべることが出来るんだ。多少の細工は必要だけどね。でもネコたちの暮らしを支えるには十分さ。

 僕はさっそく空に移住してくれるネコを探した。割とすぐに見つかったな、100年くらい? ちょうどネコネコ大戦が起きてる頃でね、家を焼かれて途方に暮れてる難民ネコたちがいっぱいいたから、空に連れて来たんだ。

 ……そうだなぁ、無理矢理じゃないって言ったら嘘になるね。

 有り余る力を制御できてない僕のやったことだからさ、ネコが欲しい、って思ったらそりゃ力づくになるよ。よく覚えてないけどネコたちは相当怯えてたと思う。

 ま、結構な数を拾ってきたからさ、中にはネコたちの中心になれる優秀なネコもいるわけさ。そそ、それがシエル・ピエタの先祖ネコね。当時の名前は忘れちゃったけど、なかなか勇敢なネコだったのは覚えてる。なにせ、あの強大な僕に向かって「力を弱めろ」って首輪の提案をしてきたくらいだからね。

 当時は僕も積極的に関わろうとしてたし、クラウン・マッターホルンを貰ったことや、ネコを集められたことで機嫌がよかったから、二つ返事でうなずいたけどさぁ、我がことながら恐ろしいったらないよ。

 下手したら、空に持ってきたネコだけじゃなく地上のネコまでも、どうにかしちゃってたかもしれないんだもんね。そうならなくってホントよかった。

 それからの日々は結構よく覚えてるんだ、楽しかったからね』

 楽しかった話ってさ、聞いてるだけで元気になるよね。

 茶色マイケルももっと色々な話を聞きたいなって思ってたんだけど、話が横道に逸れちゃうからって言って、教えてもらえなかった。残念だけどそうだよね、今は大空の国で大変なことが起きてて、そのあらましを聞いてるところなんだから。忘れちゃうところだった。

『僕はクラウン・マッターホルンを貰ったお返しに、雨の神を使って、栄養たっぷりの雨を降らせたんだ。

 もちろんやりすぎには注意したよ。木が腐れて山が崩れたりするだけじゃなくって、ネコが流されたりもするんでしょ? 空ネコを養いはじめた僕は、生き物を慈しむ心にも芽生えたのさ、主にネコをね。

 大地の神は喜んでたなぁ。樹木の神や流れの神みたいに、地上には大地にまつわる神たちが多くて、そのほとんどに利があったからね。あいつらの存在が大地にとってどういうものなのかは聞いてみないと分からないけど、とにかく嬉しいっていうのが伝わってきたから、僕も嬉しかったね』

 ミニチュア・クラウン・マッターホルンの周りにはまた、他の神ネコさまたちもやって来ていて、話の流れに合わせてじゃれ合っていた。雨ネコさまを毛づくろいした樹木ネコさまや流れネコさまが、マタタビを舐めたネコみたいに上機嫌になってるんだ。もう完全にネコの広場にしか見えないや。

 そこに、一つの大きな鏡が現れた。

『それは神世界鏡と言ってね、いわばこの世界の神々の宝なんだ』

 神世界鏡と呼ばれた大鏡には、美しい模様が刻まれていた。それは大地の模様にも、空の模様にも、はたまた星々の模様にも見える。さすが神さまの宝だね、模様までネコの常識を超えてるよ。

 その大鏡が、大地ネコさまから大空ネコさまへと渡される。

『もともと神世界鏡は、大地の奥の奥に眠る、地核の神に預けてあったんだ。

 いつも寝てる神だったけど、この神に預けておけば間違いないって、全神一致で賛成されるくらい強い神だからね。僕もそれでいいって納得してたし。だから鏡を渡されたときは驚いたのなんのって。

 なんでも、地核の神に預けておけば安心だけど、いざ使いたいときにすぐに使えないから不便だって、みんな思ってたらしいんだ。

 じゃあ代わりに誰が持つ? ってなった時、真っ先に候補に上がったのは大地の神だった。それを大地の神が断ったんだ。「もっとふさわしい神がいる」って言ってくれてね。

 神世界鏡を預けられるっていうのは神にとってこの上ない名誉なんだ。

 しかもそれが空にくるなんて、本来はありえないよ。

 さっきはさ、偉そうに『世界は空とそれ以外とでできている』なんて言ったけど、地核の神に比べれば僕なんて星の表面を覆ってるだけに過ぎないからね。表面に及ぼす力はあっても、それは究極じゃない。神世界鏡を預けるに値する、絶対的な安心感なんて無いはずなんだ。文字通り地続きな分、大地の神の方がよほどふさわしい。

 なのにあいつは僕を推してくれた。みんな納得してくれた。ううん、「それはいい考えだ」とまで言ってくれたんだ』

 ミニチュア・クラウン・マッターホルンには、たくさんの四つ足のネコさまたちが集まっていた。どのネコさまもそれぞれ違う姿をしているのに、一様に大空ネコさまに頬を擦る挨拶をしに行く。お腹を見せて寝っ転がるネコさまもいる。

 服従に見える? 動物ならそうかもしれない。

 大空ネコさまは、そう受け取りはしなかったんだけどね。

『僕はこの世界でさらなる調和を求めた。神々の中には相性の悪い神同士もいるから、あいだに入って必要なら身を削って力を使うことも辞さなかったよ。空ネコたちの繁栄にも全力を尽くした』

 それが嘘じゃないことは、あの巨大なシエル・ネコ・バザールを見れば分かるし、虚空宮殿の設備を見ても分かる。

 だけど。

 それはある日突然訪れたんだ。

『僕たちの関係がおかしくなったのは、風の神のいたずらからだった。クラウン・マッターホルンに遊びに来た風の神が、神世界鏡を割ったあの時から』

 四つ足の風ネコさまが神世界鏡をかすめ取り、ミニチュア・クラウン・マッターホルンに放り投げた。

 細かく砕けた鏡は山脈に降り注ぎ、あとにはネコたちの唸り声が低く響き渡る。

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