(61)7-3:猫平線上のメカネコたち

***

 子ネコたちは地面に降り立って「フシューっ」としっぽの毛を逆立てた。

「あれって、神ネコさま……?」

 『金属の霧』の向こうから押し寄せてくるたくさんのシルエット。よく見ると、風ネコさまや雪雲ネコさまと同じ、四足の『神ネコ』姿をしている。1匹1匹の大きさもさして変わらない。だけど、

『ちげーみてーだなー』

 頭を低くし、しっぽをゆっくり振る風ネコさま。いつでも重心を移せる構えだ。

 霧を越えて現れたのは小さなメカネコだった。大きい方と同じで、いかにも機械仕掛けらしい継ぎ目があちこちにある。身体は見た目以上に軽いらしく、地面を踏みしめるたび、関節部分からカシャンという薄い金属の音が聞こえてくる。それが何百何千と重なって、ザッ、ザッ、ザッという足音に聞こえているらしい。

「飛んで、突破ぁできると思う?」

「さてな。だがもしもあやつらが神と同じように宙を走れるのなら、そこで詰むぞ」

 霧の向こうを見ればわかる。奥の奥までびっしりと小メカネコの群れ。浜辺から見た海みたいだ。あの猫平線の途中で捕まったら……と思うと、蟻にたかられた虫の死骸が頭にうかぶ。

「下がりながら見極めるべきだな」

「でも後ろにはあのでっかいのがいるよ?」

「でかいメカネコだけなら、ワシらがおれば何とかなる。それよりも小さいヤツらの事を探らねば。どれ、ここは」

「えぇ!? もしかして1匹で突っ込んでみるとかぁ? やめときなよいくらオマイでも危ないってぇ。コイツぅらの攻撃もオイラたちに効かないって、はっきりしたわけじゃないんだからぁ」

「何をとぼけた心配をしとるのだ。ワシは果実、お前をあの中に放り投げてみようかと提案しかけたのだ」

「この猫でなしぃ!」

 小メカネコは、足音をざざめかせながら着々と迫っていた。ゆっくり来てくれるのはありがたい。けれど、ジリジリと追い詰められているようで息が苦しい。これ以上迷っている余裕はなさそうだ。

『『『『あっ!』』』』

 そこで声を出したのは、茶色いマイケルに登り、見張り台みたいに使っている小さな神ネコさまたちだ。みんな揃って身を乗り出す。

「ど、どうしたの!?」

『おっきーのきたー!』

『あっちもおっきーの!』

 目を細めれば猫平線の果てに巨大メカネコのシルエット。しかも、

「何匹いるのあれっ!?」

 壁のように並んでいた! あっちもそっちも遠くを見れば巨大メカネコだらけで、これじゃあたとえ飛んでいけたとしても、弱った神ネコさまを守りきれないよ。

「下がるぞ! 後のことは後だ、今は少しでも神様方を回復させる必要がある!」

 見渡しても隙間はない。囲まれてしまっている。結局、単体で後ろにいる巨大メカネコの足元まで戻るのが一番時間を稼げそうだという話になった。『あくび光線』を弾きながらそこに向かおうと、芯を使って浮き上がる。その瞬間だった。

「うっ、うわあああああ!?」

 小さな神ネコさまたちをこんもりと乗せた茶色いマイケルがビュンッと、今までにない速さで前に飛び出した。

「どうした茶色!?」

 わかんないよ! なんて言っている場合じゃない。ガックンガックン揺れて神ネコさまたちが落っこちそうになっている。急に速くなったり遅くなったりと、芯に込める力の調節がうまくいかないんだ。

 まずい、このままじゃあ。

 と、頭の中が真っ白になりかけたその時だ。いつも大体コロコロしているコドコドたちが、

『もー、まっすぐ急いでー!』

『急がないとダメでちょー!』

 プンスカ怒った。そして、

『『ほらあっち!!』』

 と目指すべき『単体の巨大メカネコ』を手で示したんだ。その肉球の先を意識したのがよかったらしい。芯がきっちりとハマった感じがして速さが保たれ、一切の揺れがなくなった。相変わらず速いは速いけどね。

『『みゃぁー! ちゃいろー!!』』

 肩と頭をすごい勢いでポスポスポスポス叩かれ何かと前を見れば、単体巨大メカネコが前足を舐め、その目がギャインと光ってる。まずい。ブレーキをかける。あくび光線が放たれた。ぬっと垂直方向に身体を起こして神ネコさまたちをかばう。あわやというところで光は茶色いマイケルのお腹に当たり、花火みたいに弾け散った。

『『あぶなかったぁ!』』

「今ボクに何したの?」

『『なにがー?』』

 暴走は神ネコさまたちの仕業ではないみたいだ。おそるおそる芯を操ってみると、変わりなく動かせた。さっきまでが何だったのかというくらい滑らかに浮いていられたよ。ほんと、何だったんだろう。

***

「おや? あれは雲派閥の細神か」

 みんなと合流し、吹雪ネコさまたちの歩みに合わせて進んでいると、少し先、子ネコたちを襲ってきた神ネコさまたちが、ぐったりと地面に横たわっているのを見つけた。チーターが2匹、ジャガーとジャガーネコが1匹ずつだ。

 4匹は言葉を交わすことなく一斉に近寄った。

『えっ、連れて行くの?』

 声は淡雪ネコさま。茶色いマイケルの肩の上、ひらひらと雪を舞わせた『子ユキヒョウの器』から、コドコドたちよりもしっとりと落ちついた声で訊いてくる。

「放っておくとメカネコたちにやられちゃうからね」

 と答えてジャガーネコを抱き上げたよ。すると両肩に乗っていたコドコドたちが『けものだー!』『けももけももー!』とチョイチョイといじくり始めた。弱ってるんだけど。

「巨大メカネコと同じようにぃ、小さいメカネコも神さまの存在を削るかもしれないからねぇ」

 果実のマイケルは木目のあるジャガーを背負う。そこへ、

『悪いことをしようとしたのに、ですか?』

 おどおどと尋ねたのは神ネコフォルムの雪雲ネコさまだ。茶色いマイケルの頭の上から顔をのぞき込んでいた。答える声はフードの中から。

『別に悪いことはしてねーだろー。いちおールールは守ってたしなー。こいつらはいーことしてるつもりだったかもしんねーし』

 それに、と虚空のマイケルが、ほのかに明るく光るチーターを背負いながら付け加える。

「神さまが消滅してしまうと、元の世界にどんな影響があるか分からないので、俺たち自身のためでもあるのですよ」

 雪雲ネコさまは何も言わずにその場(頭の天辺)にうずくまったみたい。複雑な気持ちになっているらしく、ゴロゴロと喉を鳴らしていたよ。それにしても、みんな乗り過ぎじゃないかな、宙を歩いてほしいんだけど。

 最後にもう1匹、器の中で泡がぶくぶく湧いているチーターの神ネコさまを灼熱のマイケルが担ぎ(3匹目)、宙に浮き上がったところで、

『あっ! あっちにも!』

『あっ! こっちにも!』

 コドコドたちが倒れている神ネコさまを見つけて教えてくれた。

 運べるかな。

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