(45)6-14:『トルトラード・ミーオ』投下

***

 殺到する『ネコ・グロテスク』を泡にしていくマタゴンズたち。

 ただし、押し寄せてきているのは大通り側だけじゃない。反対側、『路地の出口』にも回り込まれていた。

「ったく、あの紳士ネコかぶれ、あちこちから連れてくるだけ連れてきて。今度会ったらタダじゃ置かないからね」

 悪態をついているのはキャティだ。路地の出口に陣取って、なだれ込もうとする『ネコミイラ』たちをタンタンタンと面倒そうに叩いて泡にしていた。さらに、

「大通りのお店の火が消えたんだわ! 石垣を回り込んで来ていたなんて」

 リーディアさんも並んで応戦。こちらは『ネコゾンビ』が多い。

「おいメス、サボんじゃないよ! 真ん中から通ろうとしてるやついるじゃないか!」

「どこが真ん中よ明らかにあなた寄りじゃない! 眼鏡の度数合ってないんじゃないの?」

「これだから躾のなってないメスネコは嫌だねぇ。下っ端ネコは年長者ネコにこき使われるってのがネコ社会の一般常識じゃないか。口答えしないでとっととやりゃあいいんだよ!」

「驚いた。あなたが言うと”一般常識”って言葉まで怪しく聞こえるのね。でも知ってる? 年長者ネコっていうのはね、若ネコを導くのが使命なんだから!」

「はあ~ぁ甘ったるい! よくそんな甘ったるい事恥ずかしげもなく言えるね! アンタの血は砂糖でできてんのかい」

「その言葉そっくりそのまま返すわ! アナタこそ血糖値は大丈夫かしら? 肥満でドクターコートがパンパンに膨らんでるじゃない」

「バカ言ってんじゃないよ! これは毛さ! ふっさふさの毛の下には見事なスレンダーボディーがあるんだからねぇ!」

 大岩をごりごり擦り合わせたようなしゃがれ声と、絹のカーテンみたいに柔らかな声とが掛け合いながら、たった2匹でネコ・グロテスクたちを押し返している。仲いいのかな。だけどそこへ、

『ヤメデェエエエエエ!』

「「!?」」

 ネコゾンビ・ネコミイラの向こうから放り投げられたものがある。『トルトラード・ミーオ』の荷台だ。荷台だけじゃない。その上には、

「き、『キティ・コフィン』……!」

 鋼の拘束具を着せられた、身動きの取れないネコもいる! キティ・コフィンは直立姿勢のまま地面に落下。ゴギィン、ゴギィンと跳ねて、硬い音を響かせながら横倒しになるとゴロゴロと勢いよく転がってきた。ネコは、そのまま4匹のマイケルの足元まで来て、

『ダシデェエエエエ!』

 白目をむいて訴える。その充血した白目にはネコへの恨みが見てとれた。

「だ、出すわけないでしょぉ! なんでこのネコ投げ込まれたのぉ!?」

「おいっ、またくるぞ!」

 叫んだ虚空のマイケルの指の先、リーディアさんとキャティの頭を越えてまたまた荷台が降ってきた。一つじゃない! 車輪に括りつけられた『ブレイキング・ホイール・キャット』や、さらし台に拘束された『ピロリード・キャット』、ギロチン台に囚われた『ネコ・ギロチン』たちが次々と放り投げられてきたんだ。

『イヤァアアハズシテェエェエ!』

『グルジィイイイイ!』

『グビイダイィイイイ……』

 バタバタと放り込まれては地面に転がり、絶叫し続けるトルドラード・ミーオたち。気づけばもう10匹を超える”拷問具付きのネコたち”がそこにはいるんだけど……みんな動けないから襲われることも無い。ぎゃーぎゃーと、ひどくマヌケで、緊張感を削がれる光景だ。だけど、ただの嫌がらせとは違う不気味さがある。

「狙いは、何だ……?」

 そう虚空のマイケルがつぶやいた時だった。

「まずいねぇ……」

 いかにも苦々しいキャティの声に振り向けば、ネコミイラやネコゾンビを分け入って『黒外套』が迫って来ていたんだ。

「すっとろい化け物どもと違って、コイツらはネコを捕まえるのが本職だからねぇ。おいメス! 押されてんじゃないよ」

「分かってるわよ! でも『黒外套』が混ざり始めると……あっちから応援呼べないの!?」

 リーディアさんがちらりと大通りの方を振り向いた。だけど「見ての通りさ」というキャティの言葉通り、トム&チム以外のネコたちはほとんどがゲロゲロ吐きながら地面をのたうち回っている。

「ったく情けないねぇ。どっちがネコ・グロテスクなのか分からないじゃないか」

「あなたの性格が一番グロテスクよ! あれを子ネコにさせようとしていたなんて、ほんと信じられない!」

「なぁに言ってんだい。いつかは誰でも成ネコになるんだ、やってやれないことはないさ。だけど、そうだねぇ……さっきアンタ、成ネコは子ネコを導く使命があるとかなんとか、言ってたよねぇ」

 だからなによ、と、リーディアさんの肩が跳ねる。

「まさか……」

 茶色いマイケルからはキャティの後ろ姿しか見えないけれど、その長毛白猫がどんな表情を浮かべていたのかはすぐに分かったよ。

「坊やたち……あたしがアンタたちを導いてあげるよ」

 笑い交じりの声。キャティがその場から一歩分右に寄った。すると中央付近からネコミイラが1匹、ネコ・グロテスクの壁をぬっとすり抜けて路地の中へと侵入したよ。

「キャティ!」

 咎めるリーディアさんに、キャティは応じない。

「ああもう!」

 リーディアさんは余裕のない動きで、侵入してきた1匹のネコミイラを泡にする。だけど、

「ぬっ! 石垣のほうだ!」

 今度は左端からネコゾンビが1匹抜けて来た。急ぎ対処するリーディアさんがキャティを怒鳴りつける。

「何してるか分かってるの!? このままじゃ押し切られるわ!」

「おや。それは困ったねぇ。誰か他に手の空いてるネコはいないものかねぇ」

「ふざけないで! アナタだってのみ込まれるのよ!?」

 キャティは「ヒッヒッヒ」と笑うだけ笑って、しかもさらに一歩右側へと寄る。リーディアさんの対応は素早いけれどこれはじり貧だ。

「さぁ坊やたち選びな。先にこのメスネコが潰れてからアンタたちが手伝うか。それとも今、アタシらの列に加わってメスネコの助けとなるのか。二つに一つだよ。アンタたちは上等な頭を持っているんだ、どっちがマシかくらい、すぐに分かるだろう?」

「聞いちゃダメ! そっちの方がよさそうに聞こえるだけよ! あっちで吐いてるネコたちを見れば分かるでしょう、どのちみちそう長くはもたないわ! せめてあなたたちだけでも守るから私の後ろに!」

「さぁ……!」

「お願い!」

 飛び出したのは、果実のマイケルだった。「果実くん!?」と驚くリーディアさんの少し後ろに立ち、

「オイラ、他のみんなよりも耐性はあると思うから……」

 しっぽを緊張させて息を整えていたよ。

「ダメよ、耐性なんて言葉を簡単に使っちゃ! 心は測りようが無いんだから! 目に見えないところであなたは蝕まれていくわ。慣れなんて無いの! すぐに動けなくなってしまう!」

「でもリーディアさんが」

「果実くん! マイケルくんたちも聞いて!」

 ひと際大きく声を張るリーディアさん。

「何もかもは出来ないわ! 誰だってそう。アナタたちにはやり遂げたい何かがあるのでしょう!? だったらそれだけを見ていなさい! 目的は一つに絞るの! そこに全力を注ぐのよ!」

「邪魔ばかりするメスだねぇ。でもこれで終わりだよ!」

 キャティが右側の石垣に背をべったりとくっつける。それは扉の片側が開いたようなもので、今まで抑えられていたネコミイラ、そして黒外套たちまでがどっと押し寄せて来たんだ!

「ひ、ひぃぃぃ!」

「果実! ……みんなっ!」

「おう! 今行くぞ待っておれ!」

「すまないリーディアさん!」

 目の前のネコゾンビに腕をつかまれた果実のマイケル。波にさらわれるようにネコ・グロテスクたちの中へと引きずり込まれていく。3匹の子ネコたちは意を決して跳んだ。リーディアさんはやめてと言いかけて、だけど同時に押し寄せた何匹もの黒外套に腕をつかまれてしまった。

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