(17)5-3:クラウン・マッターホルンの神ネコたち

***

「ホントに戻って行っちゃったね」

「ああ、いったい何がしたかったんだろうか。情報交換と言うにはこちらばかりが得をしたような」

「どぉだろうねぇ。オイラたちの見た目とか性格とか、そういうのを調べてたっていう可能性もあるかもよぉ?」

「なるほどな。足をひっぱりそうな豚猫が1匹おったという情報も使いようか」

「そぉそぉ、頭の悪そうな小汚いチビネコがいるっていう情報は大いに活用されちゃうよねぇ」

 灼熱と果実、2匹のマイケルが額を合わせてにらみ合う。そこへ、

「つまり、君たちはあの鬼ネコ面が俺たちを狙っている可能性があると、そう訴えているわけだな?」

 と虚空のマイケルが生真面目にそう尋ねた。

「い、いやぁ……」

「べ、別にそういう意味で言ったわけではないのだが……」

 みんな何となくあの鬼ネコ面のことを、そう悪いネコじゃないって思ってるのかもね。2匹揃ってしゅんとする姿はちょっと新鮮だ。

「ところで風ネコさま、この『スラブ』っていうのは、乗ってるだけで次のところまでたどり着けたりするの?」

 茶色いマイケルはしゃがんで、”濃い青の岩石”にそっと手で触れてみる。壁からにゅっと切り離される様子はどう見ても柔らかく見えたものの、触ってみると確かに固かった。

『そーだなー。中には遠回りするヤツもあるけどよー、ほら、周りのヤツも同じほーこーに進んでんだろー? だったら大丈夫だ』

「ありがと。乗り換えなんてあったら、はぐれちゃいそうだからね」

『あー、乗り換えな。しなくてもいーけどよー、したほーがいー時もあるにはあるぞー?』

 すると果実のマイケルが、「へぇ、どぉいう時ぃ?」と、灼熱のマイケルと額を押し合ったまま、耳と顔を向けて尋ねてきた。

『会いたくねー奴が来てー、そいつらから逃げてーときとかなー』

 風ネコさまはひょいとしっぽを動かし、『ほらあっちー』と後ろを示した。

 えっ!?

 ぎょっとしたマイケルたち。そこには茶色いマイケルたちの乗っている、”ネコテニスコート大のスラブ”の、その3倍はあろうかという『大型スラブ』が肉薄していたんだ! しかも速い。4匹が慌てて身を屈めるとその大型スラブは、茶色いマイケルたちの真上につけて真っ黒な影を子ネコたちに落としながら進んで行く。

 声が聞こえてきたのは最接近した時だ。

『どう? 持ってそう?』

「さて、どうでしょうか……」

『あれ? もしかして、あんまりやる気ない?』

「うーむ、気が向きませんね。負け惜しみじみているというか……」

『でも手っ取り早いでしょ?』

「楽できれば気分が良いというわけでもないでしょう。時には難しい方が達成した時に充実するというものですし……そうだ! せっかくなら一度勝ってからにしませんか? その方が気持ちもスッキリしていいかと」

『そういうものかな? でもいいねそれ。どうせ手には入るんだし、だったら気分がいい方がいいもんね』

「さすが分かっていらっしゃる」

 そこで会話に一区切りがついたらしい。大型スラブは茶色いマイケルたちの頭上からゆっくりと距離をとっていく。すると、その上に乗っていたネコたちの姿が、はっきりと見えて来た。

 大空ネコさまたちだ……!

 茶色いマイケルが息をのんだのはそこにシルクハットの紳士ネコがいたからじゃない。このネコが大空ネコさまと一緒にいるところはすでに見ていたから大して驚くことでもないからね。

 驚いた理由はその周り。

 総勢13匹の神ネコさまたちの方だ。

 そこには、クラウン・マッターホルンにいた神ネコさまたちが、大地ネコさまを除いて勢ぞろいしていたんだ。四つ足の『神ネコスタイル』が多数を占める中、ライオン姿の雷雲ネコさまをはじめ、トラやヒョウらしき『獣の器』の神ネコさまもいた。

 全部の神ネコさまの見た目と名前が一致するわけじゃないけど、『神域接続の間』で見た神ネコさまたちなら覚えていたよ。

『流れの神』『雷雲の神』『霧の神』『蒸気の神』『星屑の神』『礫の神』『つむじ風の神』『林の神』『小川の神』

 大空ネコさまから、頭の中に流し込まれた記憶が蘇る。

 とはいえ、それだと数が合わないから、後で来た『嵐の神』さまや『大気圧の神』さまたちもいるんだろう。大空ネコさま以外は、全員ピシーっと並んで、姿勢を正して黙っていた。規律が厳しそうだ。

 それにしても、この神ネコさまたちが揃ってるのって、偶然なのかな。

 と黙考しかけたんだけど、周りは騒がしかった。

「あ、お前は!」

「尻もちのネコだぁ!」

「いやはや、ヒドイ覚え方をされているね。まぁ醜態をさらしたのだから仕方がない」

 シルクハットの紳士ネコがやれやれといった身振りで帽子を脱ぐ。

「私の名前はマルティンだ。あの時はありがとう、子ネコ諸君。だが変な呼び方をせず、ぜひともこの名を覚えておいて欲しい。そしてこちらは」

 マルティンと名乗った紳士ネコは、肩の上に飛び乗った神ネコさまを手で示した。

『やぁやぁ、ネコたち。僕は大空の神。僕のことは知ってるでしょ? 見上げればいつも僕がいる。つまり僕がいるからネコがいるのさ。……ねぇマルティン、これ合ってる?』

 呼ばれたマルティンは黙って親指を立てた。

『というわけで僕のことはいつでも敬って……ん? どうしたのそこのネコちゃん』

 声は茶色いマイケルへ。

 どうして目をつけられたかっていうと、すごく動揺していたからだろうね。だって茶色いマイケルたちは、『神世界鏡』の欠片を集めてくるっていう約束を守れなかったんだ。今は上機嫌な大空ネコさまだけど、またいつ怒り出すか分かったものじゃない。子ネコは控えめに、

「あの……お、大空ネコさま……」

 といいわけを考えながら返事をする。だけど、

『お、いいねいいね、その呼び方! まさに見たまんまって感じでひねりも何もないところがすごくいいよ茶色のネコちゃん! これから僕がこの姿の時は大空ネコって呼んでよ。様はつけてもつけなくてもいいけど、つけた方が呼びやすいならそうしてちょうだい』

 驚きで顔が強張った。

 それは前にも聞いたことのあるセリフだったからだ。『神域接続の間』で初めて会った時のことを思い出す。すぐにでも思い出せる。なのに……。これじゃあまるで、茶色いマイケルたちのことを忘れちゃってるみたいじゃないか。

 だけど、そんなことを考えているとは思っていない様子の大空ネコさまは、

『あはは、そんなに驚くことじゃないでしょ。そっちにも風ちゃんがいるだし、僕だってネコとつるんだりもするよ。ま、僕1匹だけじゃないのはさすがに驚くかな。こんなにぞろぞろと連れてきちゃってるんだもんね。でも安心してよ。なにも、君たちをおもちゃにして遊ぼうなんて思ってないからさ。さっき負けちゃったでしょ? だから今回はレースで勝負することにしたしね』

 と1匹で長々と喋っていた。

 虚空のマイケルは特に不思議がっているに違いない。本来なら真っ先にこの子ネコが話しかけられるだろうに、まったく無視されていたんだからね。だからと言って下手に口を開いて癇癪を起されてもたまらない。だから子ネコたちは黙ってずっと聞いていたんだ。

 だけど、

『だから、えっと……ねぇ、マルティン……どうやって締めくくればいい?』

 と全く反応を示さない子ネコたちに、大空ネコさまはすごく困ってしまっていたよ。かわいそうになるくらいそわそわと心細そうにしている。するとマルティンが心得たというように帽子を取り、

「ではたっぷりと余裕をもって、こういう挨拶はいかがでしょう」

 と身体を折って優雅にお辞儀をした。

「それでは皆さま、どうぞお気をつけて」

 意味深な微笑が、やけに目に残る。

 大空ネコさまは『お気をつけて』と似合わないセリフを残し、大型スラブごとあっという間に先へ行ってしまったよ。

 慌ただしかったけれど、やけに長く感じた。あれだけ大勢の神ネコさまたちを前にしたのは初めてだったし、茶色いマイケルたちのことを忘れてるっていうのも気になって仕方が無かった。それになにより大空ネコさまと話すのは緊張する。そんなあれこれを考えながら風ネコさまを見ると、

『大空のやつ、雷雲なんかと一緒にいてよー、だいじょーぶかなー。変なことに巻き込まれてんじゃねーのかー?』

 こちらはこちらで真剣に考え事をしているらしかった。だから声はかけずに、

「ねぇみんな、なんだかさっき大空ネコさまの様子――」

 ――変じゃなかった? と尋ねようとしたんだ。だけどその瞬間、茶色いマイケルたちの乗っていたスラブが激しく縦に揺れた! とても立っていられなくって、あわてて足元にぺたりとへばりつく。

 なんだ何が起こった、と改めて問うまでも無かったよ。

 マルティンたちの乗っていたスラブよりも、さらに巨大なスラブが、いつのまにか真後ろにぶつかっていたんだ! 下から来たらしい。そこに乗っているのはもちろん――

「「イィィィイヤッハァァァアアア!!!」」

 ――マタゴンズ!

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