(16)5-2:鬼ネコ面(般ニャ)

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 本戦受付会場である洞窟を一歩出るとそこは、青色の世界だった。

 暗くて静かでわずかに青味がかった果ての見えない暗闇の世界。

 その中を照らしているのは”濃い青”と”薄い青”、2種類の青の存在だ。

 この2つの青がそれぞれに流線形の大きな塊を作り、無数に散らばり、魚群のように行ったり来たりしているんだ。洞窟の入り口はいわばその発着場。そこに立っているとまるで、2つの魚群の交差点にぽつりと立たされているようで、ひどく心細くなってくるよ。

 特に暗闇に向けて進んで行く”濃い青”は、深海へと力なく沈んでいくネコのようで、とても寂しい気持ちになる。逆に”薄い青”は、水面近くの明るいところにすぅっと浮いてくる泡みたいだ。

 それら、青の塊が何かと言えば、岩石らしい。

 ほんのりと発光する、滑らかな形をした青色の岩石。

 岩石と言われても、見た目が柔らかそうなだけに、不思議な感じがする。

 不思議であり、恐ろしくもある。得体が知れないからね。だけど茶色いマイケルは、さっさとその得体のしれないものに飛び乗って先に進んでしまいたいと思っていたよ。

 なぜなら目の前に『般ニャ』がいるからだ。狂気に歪んだ『鬼ネコ面』を見て怪しいと思わない方がおかしいだろう。

「進みながら話さないか? うるさいやつらが来ると面倒だ、君たちはあいつらに目をつけられているからな」

「あいつら……というと」

「『マタゴンズ』。いかにも頭の悪そうな名前だろう? どうだい、ちょっとした情報交換といこうじゃないか」

 4匹は目配せし合い、代表して灼熱のマイケルが、

「お前はそのマタゴンズとかいう輩とは関係ない、ということでいいのだな?」

 と尋ねた。鬼ネコ面は、

「ああ。付け加えるなら、他の鬼ネコ面のやつらともな」

 と言って、”濃い青”の方を手で示したよ。その手は真っ黒だった。

「これは『スラブ』。先へ進むにはこれに乗ればいいらしい。あっちの薄い方は戻る時に使うんだとか」

 4匹は示された”青”に乗り込んだ。スラブと呼ばれたこの青の岩石は、油粘土を千切るようににゅっと壁から切り離され、ゆったりと加速を始めたよ。どんどん速くなっていたからかな、茶色いマイケルは急に不安になってきたんだ。だから風ネコさまに「これに乗って行けばいいの?」とこっそり尋ねると、

『おー! この岩の名前は知らねーけどよー、そのネコのゆーとーりだぞー。嘘はついてねー!』

 と大きな声で嬉々として教えてくれた。どうやら頼られるのが嬉しかったみたい。ちょっと気まずかったけどね。

「構わないさ。こちらとしても事実確認が出来て助かるからな」

 鬼ネコ面の声は中性的で、しかも全身を外套で覆っていたから男女の区別はつかない。ただ、立ち姿がとってもきれいで、なんとなくそれだけでいいネコのような気がしてしまうから不思議なものだね。

「さて、何か知りたいことはあるか、と先を譲りたいところだが」

「構わない。この岩石の使い方が分かっただけでも価値はあった」

「そうか、ではお言葉に甘えておこう。私が君たちに尋ねたいのは、このレースへ参加した目的だ」

 ヒゲをひくっと動かしたのは茶色いマイケルだけじゃない。

「目的、というのはどんな願いを叶えるのか、ということだろうか」

 隣にいた虚空のマイケルが一歩前に出て、さりげなく茶色いマイケルを後ろに庇う。考えていたことは同じらしい。『ティベール・インゴット』をこの鬼ネコ面が奪いに来たかもしれないと思ったんだ。ただ、

「?」

 子ネコたちの反応を見て、黒いしっぽをかるく傾げた鬼ネコ面。どうやらそういう意図はなかったみたい。

「もう少し率直に尋ねた方がいいかもしれないな。君たちは誰かのためにこのレースに参加しているのかな?」

 今度は茶色いマイケルたちの方がしっぽを傾げた。率直に、と言っておきながら、まだ鬼ネコ面の真意からは遠い気がしたんだ。

「誰かのためって言えばぁ、誰かのためかも。ねぇ?」

「うむ、そうだな」

「ということは特別賞か入賞を狙っているのか?」

「え? そういうのもあるんだ」

「ん? なんだ、知らないのか。完走賞の上には入賞と特別賞があってだな、それぞれ、強大な力を持つ神から、願いを叶えてもらえるらしい」

「なんと。では結果次第ではさらに、大きな願いを二つ叶えられるということか」

「そうなるな」

「それはいいことを聞いた」

「なんか教えてもらってばっかりだね」

 もしかしてこの鬼ネコ面は”猫が良い”のかな。見た目だけで色々疑っていた茶色いマイケルは、「悪いことをしたなぁ」と気の毒な気持ちになってきたよ。

「そうだねぇ、鬼ネコ面さんもぉ、もっと直接的に聞いてくれてもいいんだけどぉ」

 果実のマイケルの言葉に「ふむ」と考える姿勢の鬼ネコ面は、

「……では、もし入賞出来たなら、どんな願いを叶えるのかな?」

 と質問を変えた。

「えぇ……さっきとあんまり変わんないんだけどぉ」

 果実のマイケルの言うことももっともだ。だけど、

「まぁ、いいじゃない。別に秘密にするようなことでもないしね」

 素直に答えることこそ、この鬼ネコ面の求めているもののような気がしたんだ。だから茶色いマイケルは胸を張って、

「ボクはね、ピッケたちとの約束を果たすよ」

 と大きな声でハキハキと答えたよ。

「……ピッケ……?」

「うん、メロウ・ハートっていう街で知り合った子ネコでね、その娘ネコと約束したんだ! 世界をきっと良くするって!」

 すごいでしょ! と拳に力を込めて言ったんだ。けど、

「あふふ、茶色ってば大雑把すぎぃ!」

 ブッと噴き出した果実のマイケルに「あふふあふふ」と爆笑されてしまった。他のマイケルたちも「ククク」とか「ふふふ」と笑っていたよ。風ネコさまは果実の笑いかたを見て笑い転げているみたいだけど。

「だって色々なことがあったから、全部よくしようと思ったらさ……」

 茶色いマイケルは恥ずかくなってきて、ぴんと立った耳を両手で隠した。それを見た鬼ネコ面は「……そうか」と小さくつぶやいただけ。がっかりさせちゃったかな、と心配になる。そこで代わりとばかりに、

「なに、それならばワシが詳しく説明を」

 と灼熱のマイケルが一歩前に出たんだ。だけど、

「いや、十分だ。ありがとう」

 鬼ネコ面がぺこりと頭を下げた。

「? まだ十分に答えられたとは思えんが」

「そうでも、ないさ。君たちが邪な願いを抱いているんじゃないかと思って聞いただけなんだ」

「邪って?」

「世界征服とか?」

「え、世界を征服したら何かいいことあるのかな?」

「偉ぶれる」

 4匹は「あっはっは」と、お腹のよじれるほどに笑った。なんだか久々に大笑いした気がしたよ。

「しないよーそんなこと!」

 それを聞いて鬼ネコ面の雰囲気が、ふっと軽くなった。

「そうだろうな。だけど確かめておきたかったんだ。子ネコは無邪気にとんでもないことを言いだすことがあるだろう? 君たちがそうでなくて本当によかったよ。時間を取らせたな」

「え? ホントにそれでいいの? 他に聞きたいことがあれば答えるけど」

「はは、ありがとう。だけど本当に聞きたいことは聞けたから大丈夫。それに、ちょっとした約束があってね、そろそろ戻らないと”神さまたち”に怒られてしまう」

『もしかしてオマエ、どっかの神のスパイかー?』

「スパイ?」

 それを聞いて今度は鬼ネコ面が「あっはっは」と笑った。

「そうだとしたら私はスパイ失格だな。自分の聞きたいことしか聞いていないんだから。それに、『雲の神さまたち』はそういう性格じゃないと思うのだが、あなたから見てどうかな?」

 すると風ネコさまは少し考え込んでから、

『まー、あいつらならそんなことしねーかー。でもよー、神とつるむんなら気をつけろよー? いくら雲のやつが信じられるっていっても、あいつも大空の眷属なんだからなー。いざとなればムリヤリにでも言う事聞かされる立場なんだぞー』

 ととても親切に話していた。あんまり親切過ぎるから、中身が入れ替わったか、実は全部嘘なんじゃないかって思っちゃうね。

「そう、だな。忠告はありがたく受け取っておこう。ではまたね、子ネコたち」

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