(119)9-12:最後の説得

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 子ネコたちはマークィーにまたがり5秒かけずに空へと昇った。

 機械球にちょこんと座る黒猫が、噛みつく視線でにらんでいる。一時的に動けなくなってはいるようだけどいつ動き出すとも分からないからね、茶色いマイケルたちは高さが合うなり身をかがめて突っ込んだ。

 迎え撃つ雷蛇は特大だ。動けないとはいえ権能攻撃は自在のようで、しかも威力が上がっているというおまけ付き。

 それを避けずに受けとめたのは、いくら100万匹分の力を注がれていても“予兆”なしでは雷の速さに反応できないからだった。しかもたったの一撃で大きくよろけてしまう。

 黒猫は、歯を食いしばる茶色いマイケルの顔を見て、体躯にあわない低い声で問いかけた。

『その力。どうやって絞り出したのだ』

「あなたはまだそんなことをっ」

 次々と放たれる雷蛇を受けて、弾いて、空中でよろけながら訴える。

「みんなにはもうバレたんだ。あなたが今考えなきゃいけないのは――」

『おい、解析できるか』

 返ってきたのは軽い鼻息だけだった。

『さあねえ、ちょっとまちな』

 拡声器の向こう側でガチャガチャと硬い音が続き、紙束の崩れる音がする。

 当たると分かったからか、雷撃は滝のように降りそそいだ。権能をパクパク食べるマークィーも、さすがに土砂降りの雷はお腹に入らないらしくずいぶんと足が鈍い。子ネコたちは守りの膜を厚くして、なんとか雷雲ネコさまに近づこうとする。

「ほんとうに、力が欲しいの? 小雨ネコさまはたったの1匹で、誰も味方のいないこの世界にきてからずっと、あなたのことを止めようとしてきたんだ」

『ご苦労なことだ。だが俺には関係ないな。おい、奪えるか?』

『もう少し……ふぅん、根っこのところは同じだね、ただの権能。チューブで力を注がれてるようなもの――』

「関係あるよ、だって小雨ネコさまはあなた自身じゃないか!」

『そうかなるほど、いやいや良いことを聞いた。おい、どうだ』

『どっちかさ。時間をかけて引き剥がすか、負荷をかけて削りとるか。ふたつにひとつ』

 打ちつける雷が重さを増してのしかかる。芯を通して灼熱のマイケルたちが「ここまでだ」と訴えてくる。それでも茶色いマイケルはここでなんとか説得したかった。

「あなたの、本当に欲しいものは、力づくじゃ手に入らない」

『削りとれ』

 苛立たしげな声に『はいよ』とガラガラ声が応じると機械球から細い雷が飛び出した。雷鎖だ。ジャッ、と伸びて子ネコたちの手足に絡みつく。首を締められたマークィーがみゃぁあと鳴いた。

『あとは下にいる神たちに用心しながら待つだけさ。そのうちアンタも動けるようになるだろう、そしたら坊やたちから引っ剥がした力でとっとと――』

「これは力なんかじゃない!」

『まったく、話の邪魔ばかりしおって。ならばなんだと?』

 子ネコはキッと黒猫をにらんだ。大空ネコさまたちは今、どんな表情をしてこの闘いを見ているだろう。そんなことが頭に浮かんだんだ。

「これは、もっともっと大切なものなんだ」

 あざけり混じりのため息をよそに、茶色いマイケルは芯の景色に目を向けた。暗闇に置かれた5つの光。そこにいくつもの輝きが星の川のように流れ込んできて、とぷん、とぷん、と注がれる。鼓動が高鳴る。身体が熱くなる。全身の毛が逆立って爪がのび、尻尾がピンと立つ!

 ジャリン。

 鳴り響いたのは雷鎖の切れる音。雷が弾けて光の飛沫をまき散らすと、ネコたちはすかさず全速力で駆け出した。

 鎖をひきちぎり、真っ直ぐにぶつかってくる子ネコたち。その勢いを目にした黒猫は力づくで自由を取り戻し、器を膨らませて巨大ライオンへと姿を変える。深い闇のように大きな口が、『ならばよこせ』と鋭い牙を剥いて待ち構える。

「あなただって持っていた、なのにっ!」

『くははっ』

 ぬっ、と自由になった前足が行手をさえぎった。けれど4匹とマークィーは止まらない。頭から飛び込んだ。

「あなたはそれを手放したんだ! もう一度いうよ。あなたが欲しかったものが何なのかよく考えて、それからみんなにちゃんと――』

 咆哮に混ざって雷撃が放たれた。目の前を白くしてしまうほどの雷に、子ネコたちのまとった権能も抗えずに溶けだした。けれど雷雲ネコさまが拒絶を示した瞬間に決着はついていた。

『なんだ……?』

 なにかが解(ほど)けていく感触を味わっていることだろう。必死に抗っているのが伝わってくる。けれどその意思とは反対に、前足はいきいきと子ネコたちを招いていた。招きライオンだ。

『やめろ……』

 声に怯えが混ざる。

『やめろといっているだろおおお』

 あとはもう、その招きに応じるだけだった。器に飛び込むなり子ネコの視界は黒く塗りつぶされていく。激しい気流にもみしだかれて、前後左右だけでなく意識があるのかないのかさえ曖昧になっていく。

 ――ご来館ありがとうございます。

 オセロットの自嘲気味の声がどこかから響いてきた。

 ――ようこそ、雷雲ミュージアムへ。

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