(7)1-7:重い命

***

「あの実はたくさんの命を吸ってるんだ」

 果実のマイケルは目をつむり、

「その命を豊かさに変えて今も繋いでる。茶色、オイラがどうしてこの話をしたか、分かるぅ?」

 まぶたを持ち上げ、子ネコを真正面から見据えた。

「あの村での出来事は……あそこで見てきた”死”は、どれも辛かった。特に過ごした時間の長かった医者ネコの死はね。苦しくって、今でも夢に見るよ」

「……うん」

 果実のマイケルの顔がいつになく厳しい。

 怒っているような、でも、泣いているような。

「だけどね、茶色。それよりもオイラ、あの一瞬の方が苦しかったんだ」

「え?」

「ついさっき茶色が、風ネコさまの問いかけにうなづいたこと。茶色が『死にたい』って思ったその瞬間の方が、あのたくさんの死よりも、その後に苦しんだ毎日よりも、何倍も何倍もつらかったんだよ」

 それこそ、と子ネコはうつむいてこう続けた。

「オイラも死んじゃおうって思ったくらいにさ」

「……!?」

 茶色いマイケルは果実のマイケルが何を言っているのか分からなかった。だって、そんなことってあるのかな。慕っていた医者ネコの死よりも? 積み重なる村ネコの死よりも? それよりも辛いなんてことがさ。

 それに、それだけ毎日毎日たくさんのネコたちが死んでいくのを見ていたら、少しくらい……。

 その先を頭の中で声にしようとして、なんとか寸前で止めた。

「それは同じ歳のネコだからかもしれないし、一緒に教練を受けた時間がそんなことを思わせたのかもしれない。実際のところどっちだっていい。オイラがオマイを大切な友ネコって思ってるのは変わらないんだから。あの村のネコたちよりも過ごしてきた時間は短いかもしれないけど、大事なことは、オイラがそう思ってしまってるっていう事だ」

 それは、自分だけじゃないよって、果実のマイケルは言った。

「覚えておいて。大切なネコの死は、周りのネコをも苦しめる。死んじゃいたいって思うほどにね。

 だから、自分の命を捨てるっていうことは、大切に思ってる周りのネコを殺すことと一緒なんだ。それってさ、大げさじゃなく、猫殺しと一緒だよ? 大事なネコたちを自分が殺しちゃう行為なんだ。

 オイラは生きなきゃいけない。

 オイラがこうして立っていられるのは、あの村でたくさんの命を吸ってきたから。生きたいって思っている命をたくさんたくさん吸ってきたんだから絶対に生きなきゃいけない。

 オイラの命は重いんだ。

 だからもし茶色が『もういいや』って、自分の命を軽く感じることがあったら、オイラの話を思い出して。オイラの、この重い命を背負ってるってことを思い出してよ。

 あの時、誰よりも早く芯を使ってオイラたちを助けてくれた仲間ネコ想いの茶色ならきっと、この命まで大事にしてくれるって信じられる。いくら自分の命を捨てようと思っても、オイラのこの命を思って踏みとどまってくれるって、それなら信じられるんだ。そう思ってこの話をした」

 はっきりとは言わなかったけれど、きっと果実のマイケルはこの話を誰にもしたことが無いんじゃないかな。メロウ・ハートでピッケを納得させようとして腐植土の話をしたことはあっても、それ以上のことは言わなかったし。

 茶色いマイケルは、自分にこの話をしてくれたことの意味を、うまく言葉にはできなかったけれど、胸の奥の方でギュッと感じていた。

「絶対に、生きるのを諦めないで。そんでさぁ、ゴルナーグラード教官ネコが言ったみたいに、生きて役目を果たそうよ。そう思ってくれるんならオイラ、どんなに辛いことがあったとしても、オマイラと一緒にやり遂げられるって思うんだ」

 果実のマイケルは「そうだよね、虚空」と茶色いマイケルの隣に視線を送った。

「ああその通りだ。俺は一番付き合いの短いネコだが、それでもお前たちだからこそ、背中を預けることに前向きになれたんだと思っている。一蓮托生だ、茶色。群れで進むぞ、弱い俺たちは」

 虚空のマイケルは茶色いマイケルに力強く握った拳を持ち上げて見せた。そして果実のマイケルの視線は灼熱のマイケルの方へと動き、

「オマイからも茶色に何か言って……ってな、なんだよぉその顔ぉ!?」

 目玉が飛び出そうなくらいまぶたを開いて叫んだよ。どうしたんだろうと振り向いてみれば、

「いきなり叫ぶなやかましい。いつになく真面目に話しておったと思えばすぐこれだ。もう少し流れというものをだな」

 目ぇ赤っ! しかもまぶたが腫れて顔が変わってるし!

「なんだお前らその微笑みは! 優しく笑むな! 温かい目で見るな! ワシはこんな豚猫の話になど、ちーっとも共感せんからな! バカなことをしたやつがいれば拳で言い聞かせてやる! おい茶色! まだ反省できとらんようだな、顔を出せ、もう一発うっ叩いてやる!」

「ひぃっ、とばっちりぃ!」

 それから4匹は、ひとしきり冗談を言い合って、笑い合って、小突き合った。あやうく本気ネコバトルに発展しかけたけど、うん、切り替えられたんじゃないかな。

 ”いままで”から、”これから”に。

 そこへ、

「青春だねぇ」

 と声をかけたのはホロウ・フクロウおじさんだ。

「「「「あ」」」」

「うん、ワシのこと忘れてるとは思ってた」

 忘れてたというか、建物だと思ってた。言わなかったけど。

「君たちはいいチームだ。今の気持ちを忘れなければきっと、なにごともやり遂げられるはずだよ」

 茶色いマイケルは、自分とまったく同じタイミングでうなづく3匹のマイケルたちを、とっても心強く思ったよ。

 そうだ、この4匹なら。

 そう改めて心の中で言葉にした。

「それじゃあ行ってらっしゃい、子ネコたち」

 ホロウ・フクロウおじさんがそう言うと、周りの景色が白んでいき、そこにたくさんの生き物の気配が混じり出した。匂いや、ざわめきが遠くから近寄ってくる、そんな感覚だ。

「ありがとう、ホロウ・フクロウおじさん」

 様々な思いを込めたお礼に、ホロウ・フクロウおじさんは、ホ、ホーウ、と笑って応えたよ。もうその笑い声にもすっかり慣れちゃった。

「ホ、ホ、ホ。そうだ、やはりここは、この言葉で送り出そうか」

 巨躯が白い靄の中に消えていく。その向こうで怪鳥がポツリとこう言った。

「『本物の冒険』を。茶色いマイケル大先生」

***

 ほんの一瞬、耳鳴りのしそうな静寂に包まれたあと、茶色いマイケルたちは耳を覆いたくなるほどの喧騒に包まれた。

 そこには大勢のネコたちの姿があった。

 ここはどこだろう。

 そう思って目を動かした瞬間、茶色いマイケルのしっぽと耳は、喜びでばっさばさと膨れ上がったんだ。

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