(6)1-6:外道ネコ

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「『壊死猫病』の原因として医者ネコが目をつけたのはぁ、あるマタタビの変種だったんだ。

 その”変種”は、味も香りもいいけど、数が少なくてすぐ腐るから取引材料にはならなかったって話。だから数を増やそうと数年前からネコの手で栽培しはじめたんだって。

 ただ、ちっとも成果が出ないし管理が大変だから放置してあったらしいんだ。

 それを壊死猫病で死んだ3匹が食べていた。

 さらに、接触してもいないのに感染したネコも、採って食べてたって話だ。

 だから医者ネコはこう考えた。

 この変種には壊死猫病の原因があり、それを口から取り込んだネコは、病気を抱えた状態になる。そこに、何かの刺激が加わると発症するんじゃないかってね。そんで、

『一度発症して壊死猫病になると、今度は感染するようになる』

 って。じゃあオイラはどうして進行が止まってるの? って訊いたら、

『その”変種が腐ってできた腐植土”の中に壊死猫病の成分が含まれていたんだろうね。だけど肥料として植物に吸収され、実となるまでの間に毒素が変質したんじゃないかな』

 って話してくれた。

 あとで解ったことだけど、医者ネコのこの推理は半分ハズレ。原因はマタタビの実の方じゃなくって、その中にいた寄生虫だったんだ。

 とはいえ、その”変種の腐植土”で育てた植物の実が、壊死猫病に対する特効成分になったっていうのは、その後の調査でも確認されてる。

 ま、方針としては間違っていなかったってことだねぇ。

 ただここで問題が出てきたんだ。

 変種を調査しようにも、研究できる設備が無い。

 街から設備を融通してもらうっていうのは、感染拡大の可能性があるから難しいし、腐りやすい実を街に送るっていうのも現実的じゃなかった。

 だとしたら、木の下に積もっていた腐植土を肥料にして、オイラの持ってきた植物を育てまくるしかない。だけどさぁ、もうほとんど残ってなかったんだよねぇ、腐植土。

 ああ終わった、って思ったね。

 腐植土が無くなって植物を育てられなくなった時が、オイラの猫生の終わりだって。あとはあのドロドロでずぶずぶのしみになって、埋められるんだって。

 だけど医者ネコは諦めなかったんだ。

『壊死猫病の原因を保持しているものがもう一つだけある』

 って言った。

 オイラは何だろうって考えて、それに思い至った時にはおしっこちびっちゃってたよ。

 そう、”しみ”だ。

 シーツのしみになったネコたちの死体。

 そこに病気を治す可能性が眠っているんだ、ってね。とっても怖い顔で言われた。

『壊死猫病は過去にも広まったことのある疫病だ。つまりこのマタタビと同じものが、今もこの世界のどこかにはひっそりと眠っている。だけどそれを探している時間は無い。私も君もすでに感染してしまっているんだからね。この情報はもちろん街に伝えはするが、実物がない事には調査は難しいだろう。そうなると壊死猫病はまた世界のどこから広まって、ネコを薄汚れたしみに変えてしまう。私はね、どうしてもそれを止めたいんだ。救える命を救う。それは、私が私である意味でもある。どうか協力してほしい』

 オイラたちはその日から、命を食べた。

 しみになった死体を肥料として植物を育て、できた実を、オイラと医者ネコが食べ、それから末期患者にも食べさせて、残りを取っておく。

 末期患者に食べさせるのは、この植物の実の特効成分を、より強力にするためだった。オイラの育てた実を食べた末期患者が死んで、その死体から新たな実を育て、それをまた別の末期患者に食べさせて……の繰り返しさ。

 効果はぁ、オイラの爪の黒ずみがだんだん薄くなっていくことで確認できたよ。植物は、世代を経るごとに確かに特効成分を強くしているらしかったんだ。

 治療薬ができる……!

 オイラたちはそこにばかり気を取られ過ぎていたらしい。

 周りからどう見られているのかなんて、ちっとも考えていなかったんだから。

『この外道ネコ! 猫殺し! そこまでして生きたいか! この恥知らずが!』

 それはついこの間死んだ子ネコの父ネコに言われた言葉だった。

 その父ネコは、埋葬もお墓参りもできる状況じゃないって分かってたけど、どうしても供養したくって、シーツを埋めた場所の近くまで行ったらしい。そしたらオイラたちがその辺りで植物を栽培してる。そうして収穫した実を、食べているところを見られてたんだ。

 そりゃあ怒りもするよねぇ。正直オイラ自身もドン引きだよぉ。

 たださぁ、医者ネコはその父ネコにメッタメタに殴られながらも、丁寧に説明したんだ。このままじゃ村の誰も助からない事。また世界のどこかで誰かを泣かせる可能性がある事。だけど、この実には可能性があるって事をね。

『世界の中のどこかの誰かじゃない。この村にいる、知った顔のネコを助けられるかもしれないんです』

 殴ってた父ネコは、上げた手を振り下ろさずに止めたまま、話を聞いてたよ。顔は見られたもんじゃなかった。

 話は、村のネコ全員の前ですることになった。もちろん感染対策はしてだけどねぇ。

 怒りの声は上がったけれど、それを鎮めてくれたのは医者ネコを殴っていた父ネコだったよ。

『医者ネコの話によると、若いやつらは体力がある分進行が遅いらしい。だったらよ、一応、意味はあるんじゃねぇか?』

 ”無駄死ににはならない”

 それはさぁ、”前向き”なんて言葉でくくっちゃいけない気持ちだと思うんだよねぇ。

 ”必死”だよ。その時の必死。

 村のネコたちは命を繋ぐことを決めたんだ。

 それからオイラはいくつもの死と向き合ったよ。

 向き合って、食べて、生きた。

 ホントは何度か死んでしまいたくなったこともあったんだ。

 普通、食べ物が何を食べて育ったのかなんて考えないからねぇ。魚を食べる時に虫を食べてたなんて想像したくないでしょ? なのに、それがネコだよ? オイラが食べてたのは、オイラと同じネコだったものを肥料にしてたんだ。しかも顔まで知ってるっていうオマケ付きでさ。

 実を食べていれば最後まで生き残る可能性があるんだから、村ネコの誰かに食べさせるべきって訴えもしたけど、まぁ、あの植物をきちんと育てられるネコはオイラしかいなかったからね、それは却下された。

 それにさ、必死に患者ネコたちと向き合う医者ネコの背中を見てたら、泣き言なんて言ってらんないなって気になったんだ。

 だから、オイラは自分の役割をきっちりと果たそうと思った。

 オイラは末期患者ネコに実を食べさせる役割を買って出た。

 それってさぁ、末期患者ネコにとっては『あなたはもうすぐ死にます』って言われるようなもんだからさぁ、みんな泣くんだ。だけど最後には、誰かの助けになるのであればって実を食べてた。それが美味しくなかったら嫌でしょ? だからオイラは料理を教えてもらったんだ。最後に笑って食べられるようにね。

 そんな風に頑張ってはいた。

 だけど、あと一歩のところで実は特効薬にはならなかった。しばらく食べるのを止めると、爪の先がまた黒ずんでくるんだ。だから食べ続けないといけない。

 その一歩を埋めたのは、やっぱり医者ネコだったよ。

 医者ネコの遺書にはこんなことが書いてあった。

『おそらく世代を経た実は、末期患者の中の毒性を強化するよりも、それを消し去る薬として効力を発揮してしまっているのだろう。これでは”毒”を足すことが出来ない。そこで私は残してあった”変種”そのものを食べることにした。これなら十分強い”毒”を私の中に蓄えることが出来るだろう。君はこれを使って次の世代の実を作りなさい。そして”実”を完成させてほしい』

 その手紙の傍らにはさぁ、まっ黒いしみのついたシーツがあったんだ」

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 そうして出来た実こそが、あの、メロウ・ハートのみんなに前を向かせた『リーディアの実』だって、果実のマイケルは教えてくれた。

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