(4)1-4:壊死猫病

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「オイラの故郷である木の実の国『ハーヴェスト・クリーク』は、種子を扱うことで周りの国とうまく付き合っているんだ。

 扱うっていうのは何も取引だけじゃなくって、土地土地に合わせた品種改良や開墾の提案、耕地開発の支援なんかも含まれてる。基本的には無償だ。

 どうやって国が成り立っているのかはよくわからない。ただぁ、食べ物が十分以上に行き渡る仕組みさえあればぁ、ほとんどのネコたちは幸せでいられるっていうのが、建国当時から続いている国の方針らしいね。

 そんな風だから周辺諸国からは『豊かさをまく国』なんて言われてる。オイラはそれを結構気に入ってたりするんだ。ほら、あの『幸せをまいて歩くネコ』にも似てるしね。単にぃ流行ってたからパクっただけかもしんないけどさぁ。

 そういう国柄もあって、周りの成ネコたちが楽しそうに働くもんだからオイラも、まだすごくチビだった頃から仕事を手伝ってた。はじめは植物の採集や手入れなんかの、ちょっとした土いじりしかさせてもらえなかったけど、研究者ネコに話を聞いたり本から学んだりして、出来ることをどんどん増やしていったんだ。

 特に品種改良は好きでさぁ、しょっちゅう変な植物を作ってた。植物ってねぇ、掛け合わせることでその特徴を濃くしたり薄めたりすることができるんだ。

 それが面白くって、掛け合わせるための”変わり種”を探しによく街の外を散策してたんだけど、ちょうどその頃、オイラにとって最高に面白い種が出来ちゃったんだよね。

 すごく強い植物で、肥料の種類を選ばないんだ。しかもやたら成長が早いし、肥料にしたものによって次の世代の特性が変わるっていうオマケつきでさ。

 そんなの手に入れちゃったら、じっとなんてしていられないでしょ。ちょっとした荷物だけ持って家を飛び出して、街を出て、国を出て、放浪した先々で面白そうなものを肥料にして植物を育ててた。野良猫みたいな生活だったけど夢中だったからね、不自由は感じなかった。

 そんである日ぃ、羊の群れに轢かれちゃったんだよねぇ。

 原っぱの真ん中で寝てたら、メェメェ聞こえてきて、そしたらあっという間にドスドス踏まれて結構ひどくケガしてさぁ、しばらく動けないでいたんだけど、そこで親切な医者ネコに拾ってもらったんだ。

 医者ネコはすぐ近くの村に派遣されているらしかった。

 多趣味なおじさんネコでね、村の外れにある自宅兼診療所に自分で書いたへたくそな絵を飾ってたり、常に音楽をかけてたり、本を読んで気に入ったセリフを書き留めてたり、あとなぜか暇があれば発声練習してたりもしたなぁ。あんなデカいダミ声、辺鄙な村じゃなかったら騒音被害で訴えられてたと思うね。

 村は元々、薬草や野草を採集するための拠点として、小屋一つから始まったらしい。通いで採集してた街ネコが住み着き、運送ネコが街と村を行き来することで仕事がしやすくなり、段々とネコの数を増やしていったとか。

 そうした経緯もあって、街は村のことを飛び地みたいなものと思ってたんだろう。不便があれば街からの支援が受けられたし、小さな村にしてはやたらと設備が良かったし、常駐の医者ネコが派遣されるくらいには良好な関係だったと思うよ。

 そんな風に暮らしが安定していたから、村ネコたちは森の手入れに集中できたんだと思う。隅々までネコの手が行き届いていて、安全に採集ができた。

 つまりそこはオイラにとって最高の遊び場だった。

 医者ネコに適当な小屋を借りて、毎日毎日”変わり種”や面白そうな肥料を探しては品種改良に励んでたんだぁ。

 村ネコたちとも仲良くしてたよ。どこに行ったってオイラは”木の実の国のネコ”だからね、取ってきた野草や実験で作った野菜なんかは惜しまず配りまくったんだ。

 みんな喜んでたよ。特に病気で動けないネコなんかは。

 多かったんだよねぇ、具合の悪そうなネコ。

 半年くらい過ごしたころだったかなぁ。朝も早くから村のみんなが集められた。ほとんど村ネコの一員になってたオイラも当然集まって、医者ネコの話を聞いたんだけど、はじめは聞き間違いかと思ったよ。

 『村は隔離されることになった。外に出ると殺される』

 なんて言われたんだから。

 医者ネコの話によると、『壊死猫病』っていう怖い病気に村のネコが罹ったらしい。この病気が進行すると、その名前の通り身体が腐れていき、ついにはぐずぐずのドロドロになって死に至るんだ。

 しかも感染するから、街に広まらないようにするには単純に接触を防ぐしかなかったんだって。そのための隔離。

 当時はまだ治療する方法がなくってね、医者ネコはその方法を見つけるために村に残ることにしたって言っていた。というか感染している可能性が高いから、残るしかなかったんだと思う。街からの支援はあるらしいけど、医者ネコの追加派遣はなかったから、村ネコの中には、「切り捨てられたんだ」って悔しがるネコもいたよ。

 悔しいよね、すべがないっていうのはさ。

 きっと街のネコたちだってそんなことはしたくなかったはずだ。村ネコだって、出来ることならそんなこと言いたくはなかったと思う。

 医者ネコは、街からの支援や今後の治療方法について、丁寧に話をしてくれた。苦しくなったら出来る限りの痛みの緩和はするっていうことまで、ごくごく丁寧にね。あんまり丁寧過ぎるもんだから、なんだか妙に納得しちゃったのを覚えてる。自分が死んじゃうんだってことをさ。

 幼過ぎたのかもしれないけど、仕方ないとも思ってたんだ。遊びに夢中で、命についてちっとも考えたことがなかったからね。ま、最後までこの環境で品種改良し続けられるんだから、しばらくは何も変わらないだろうって、楽観視してただけかもしれない。

 だけど病が表面化し始めたらそうも言ってはいられなかった。

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