スノウ・ハットの銀世界と茶色いマイケル⑨

スノウ・ハットの銀世界と茶色のマイケル スノウ・ハットの銀世界と茶色いマイケル

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 外からのお客さん子ネコを 新雪のきれいな空き地まで送り届けた茶色いマイケルは、

「あっちの雪にも こっちの雪にも足跡がある。いつもより食べるのが早いなぁ」

 と目星をつけておいた縄張りを巡ったよ。30ヶ所目の縄張りにもたくさんの子ネコたちがいたのを見て、

「そうだ あそこへ行ってみよう!」

 と、しっぽを立てた。

「そうと決まればこっそり行かなきゃね」

 肉球で口を覆った茶色いマイケルは、子ネコたちがかき氷に夢中になっている後ろを素早く駆け抜けた。雪が降り積もるよりも静かな走りで、しかも他のネコの足跡を踏んでいたから、誰も茶色いマイケルの行き先なんて分からない。かしこいね!

 大きな通りから わき道に入り、それからさらに細い裏路地へと入って行く。するともっと細かく分かれた細い細い道に出くわすよ。

 ここは迷路街。

 スノウ・ハットの中心部とは違った、薄暗い裏路地さ。

 ここに住んでいるのは どこかの街からやって来て、いつの間にかスノウ・ハットに住みついていた毛色の違うネコたちばかりなんだ。どこにも白のない、錆びた毛色のネコたち。あちこちにケガが目立っていたよ。そして誰もがうつむいて ぼんやりと歩いているように思えた。

 少し怖いかい?

 それは間違ってないかも。お母さんネコは「この迷路街に近づいちゃだめ」って口をすっぱくして言うし、チルたちのお母さんネコも「ここは大人たちも滅多に近づかないのよ」って教えてくれた。

 悪いネコはいないんだけど、何をするか分からないところが怖いんだって。よくわかんないけど。

「よし、ここまでくれば誰にもバレないよね」

 茶色いマイケルは横歩きをしなきゃ進めないような 狭い道に入ると、靴についた泥混じりの雪を払い、それからシロップの入ったリュックを紐でしっかりと身体に結びつけた。そして、

「にゃにゃっ!」

 と飛び上がり、両手で壁をつかんで えいっ!

 思いっきり下に押さえつけた。すると宙に浮いた身体は ぐんっ と上に向かって進むんだ。

 身体が浮く。壁をつかんで下に押す。そしてまた身体が浮くと、壁をつかんで下に押す。

 えいっ、ぐんっ! えいっ、ぐんっ!

 そうやって茶色いマイケルは20メートルくらいある高い壁を、どんどんどんどん飛ぶようにして登って行ったんだ。狭い狭い小さな空を目指して、えいっ、ぐんっ! ってね。

 てっぺんの壁は冷たかった。手を置いた瞬間にミシッて雪の音がした。雪が手の中で重なってつぶれる音さ。最後に手を下に押して ぴょーん と飛び上がると、そこは一面が真っ白だった。

 どっちが上か下か右か左か、全っ然わからなくなっちゃうくらいの真っ白けっけ。ふわりと足をつく瞬間なんて、空に落ちていくような感覚なんだ。ぞわっとしてシッポが ぶわぁっ て膨らんじゃってたよ。

「やった! 思った通り、ボクだけの場所だ!」

 実は茶色いマイケル、ずいぶん前からこの場所に目をつけてたんだ。

 迷路街の上にこんなところがあるなんてどうして知ってるんだろうね。なぁに、大したことじゃないよ。迷路街を探検していた時、お腹を空かせて今にも泣きだしそうな 錆び色の子ネコを見かけたから、探検用のお弁当を全部あげたんだ。そうしたらずいぶん喜んでくれて、この場所のことを教えてくれたってわけ。ラッキー!

「あの子は来てないみたいだなぁ」

 あたりを見回して、迷路街の子ネコたちの姿を探す。でも誰もいない。

「もしかするとあの子ネコの とっておきの場所だったのかもしれない」

 端から端まで食べるのはやめておこうっと。

 リュックを下ろし、シロップを取り出したマイケルはぺろりと舌なめずりをした。

「いっただっきまーす!」

 小さなスコップですくった雪に 真っ赤なシロップが じゅわり としみ込んだ。大きく口を開けてぱくりっ。のどの奥が冷たくなって、それからイチゴの甘い香りが 鼻をのぼってくる。んふー。寒空にイチゴの鼻息が広がった。

 ちょっぴり頭がキーンとするけど、それがまたいいよね。あったかい服と毛のおかげで ちっとも寒くないから、こんな楽しみ方ができるんだ。

 そうしてしばらく茶色いマイケルは、色とりどりのシロップをかけてかき氷を楽しんだ。スコップで雪をすくっては食べ すくっては食べ を繰り返し、雪のなくなったところをちょっとずつちょっとずつ前に進んでいった。夢中だったんだ。

 ただ、冷たくてしびれた舌を一休みさせていたとき、ふと物足りなさを感じた。

 こんなにたくさんの雪を 一匹占め できているのに、まだ足りないの?

 ううん。そうじゃないんだよ。

 マイケルはね、一匹が寂しくなったのさ。だってそうだろう? ここはお弁当をあげたあの子ネコの、とっておきの場所だと思ってたのに、いつまで経ってもあの子ネコは来ない。

 一匹占めできることを喜んだのは本当だけど、あの子と一緒に笑いながら食べられたらいいなって思ったのも本当なんだ。そうさ、だからリュックのシロップも、もうひとセット用意してあったんだ。

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