スノウ・ハットの銀世界と茶色いマイケル④

スノウ・ハットの銀世界と茶色のマイケル スノウ・ハットの銀世界と茶色いマイケル

###

 茶色いマイケルの家はスノウ・ハットの中心から近い。

 ご先祖ネコ様の丘を下って突き当りの路地を右へ折れたらすぐだ。

 家の前の通りは石造りの家が立ち並んでいる。壁は真っ白だからわかりにくいけれど、すっごく古い家ばかりなんだって。

 古いって聞くとボロボロと崩れそうな感じがするけど、それは大丈夫だよ。壁塗りネコさんが毎朝、順番に真っ白いペンキで塗っているからね。ちょっとでも欠けたところがあれば 特製の石ペンキで補強してくれるから、ご近所ネコさんたちは安心して暮らしているよ。

 茶色いマイケルは家の扉を開けて、お母さんネコの手を引いた。

「お母さんネコ、はやくはやく!」

 お母さんネコはやれやれといった顔で「あまり急ぐと危ないよ」と両耳をひくひくさせる。

 部屋の中は明るい。壁のあちこちにあるガラス窓から、そこら中を反射してきた光が入ってくるんだ。ろうそくなんて使ったことないよ。よそから来た人はそれを聞くとびっくりするみたい。

 茶色いマイケルはお母さんネコの3歩前を 鼻歌を歌いながら歩いていく。途中、「あ、本が落っこちてる」と拾い上げ、戸棚にきちんと並べておいた。他に落ちているものはないかなと見回り、それを終えると、

「ねぇねぇ、お母さんネコ!」

 もう待ちきれないとばかりにしっぽをぐるんぐるん振って、テーブルに手をついてぴょんぴょん飛び跳ねた。

「カリカリパイ! ボク、カリカリパイ!」

「やっぱりそうだと思ったよ、この子は本当にカリカリパイが好きですねぇ」

「そりゃあそうさ。だってさだってさ、いつも食べてるカリカリが パイ生地の中に入ってるんだよ? おいしいに決まってるよ! それになんたってお母さんネコが作ってるんだからね! 他のネコにはマネできないおいしささ」

 お母さんは恥ずかしそうに目を伏せた。左右に揺れるしっぽを見れば、喜んでいるのは丸わかりなんだけどね。

「ボクも手伝うから早く作ろうよ!」

 2匹は背の低いキッチンに仲良く並んだよ。

 実はね、茶色いマイケルがお墓参りを楽しみにしていた理由はこれなんだ。お墓参りのあとに2匹で食べるカリカリパイ。とってもおいしいから楽しみだっていうのはもちろんある。だけどそれ以上にさ――――あ、出来たみたい。

 茶色いマイケルが椅子をひき、お母さんネコがお礼を言って座る。2匹用にしてはちょっと広いテーブルでね、その周りをぐるっと回って茶色いマイケルも椅子に座った。

 テーブルの真ん中に置いたカリカリパイが湯気を立てている。焼けたフルーツの甘い甘い香りで部屋は ほくほくさ!

「お母さんネコ! ボクが取り分けてあげる!」

「じゃあお願いね」

 ナイフを入れると気持ちのいい音がした。少し硬くなった雪の上を駆け回っているときの音。ザックザック、楽しい気持ちになってくる。丸いカリカリパイを4つに切って(本当は6つに切りたいんだけど、上手に切れないんだ)、茶色いマイケルはその一つをお母さんネコのお皿に乗っけてあげた。

「ありがとう。さあ召し上がれ」

「いただきまーす! はふっ」

 口の中に入る前からおいしいなんて!

 ネコは鼻がとってもいいからね、口の中に入りかけたカリカリパイの湯気に触れただけで味が分かっちゃった。

 ザクザクはふはふカリカリはふはふ、色々な音を立てながら2匹はカリカリパイを一切れ食べたんだ。

「お母さんネコ! もう一つ食べよ!」

「いいわよ茶色いマイケル。先に食べてて」

 茶色いマイケルは心の中で「やった!」とジャンプした。そして大きな口を開けて、ちょっと贅沢に大きくかじりつく。鼻の下にとろけたフルーツがぺちゃりとくっつく。すーんと鼻から息を吸い込むと、もう口の中はよだれでいっぱいさ!

 結局 茶色いマイケルは2つ目のカリカリパイを、3回口を開けただけで食べきっちゃった。それからしばらく口を閉じたまま、舌でちょっとずつ削って飲み込んだ。

 お母さんネコはそんな茶色いマイケルの様子を優しく見つめていた。

「あー、おいしそうに食べる茶色いマイケルを見てたら、なんだか私もお腹いっぱいになっちゃった。ねぇ茶色いマイケル。よかったら私の分も食べてくれないかい? 冷ましてしまうのも勿体ないだろう?」

「いいの!?」

 驚いたように立ち上がる茶色いマイケル。だけど実はこれ、毎年のことなんだよね。

 毎年毎年、お母さんネコはカリカリパイを焼いて、それを茶色いマイケルが切る。そのあと決まって 茶色いマイケルが一切れ多く食べるんだ。

「おいしく食べてくれてうれしいわ」

 茶色いマイケルはしっぽを ぴーん と立てて、

「ありがとう! お母さんネコ!」

 ゆらゆら湯気をあげているカリカリパイをお皿ごと、手元に引き寄せた。そして今度はちょっとずつちょっとずつ、崩れたパイ生地のひとかけまで、残さずにぜーんぶ食べたんだ。

「ふふふふ」

 茶色いマイケルが丸くなったお腹をさすっていると、お母さんネコがとってもおかしそうに笑う。

「なになに? なにがそんなにおかしいの?」

 するとお母さんネコは、自分の口元を爪で示した。

 なんだろう? マイケルは右の耳をクイッと折り曲げたよ。

「お口周りがジャムでべたべたよ? ほら、これ使って」

 ポッケから取り出したハンカチは、ほのかに草の匂いがした。

「あれっ!? 秘密基地の匂いだ!」

コメント投稿