3-29:ネコチョップ

メロウ・ハートの廃都市と果実のマイケル メロウ・ハートの廃都市と果実のマイケル

***

 まず先にお皿が配られた。

 形も大きさもバラバラで、それでもメロウ・ハートのネコたちは、大事そうに両手で抱えて列に並んでいるよ。

「はぁい、おかわりはたっぷりあるからねぇ」

 果実のマイケルは、わざとじゃないかっていうくらい、お玉からボトボトとシチューを垂らしていたから、お皿の縁やネコたちの手は容赦なくベトベトになっちゃってるんだ。それでもネコたちは文句ひとつ言わずにお皿の中身を見ていた。たくさん湯気が出てるから熱いと思うんだけどなぁ。

 みんな何を見ているのかは分かるよね。そう、シチューの中に入っているリーディアの実だよ。バイクネコたちがスプーンを渡そうとしても気づかないくらいじっと見ていたから、スプーンはシチューの中にそっと差し込まれていた。

 あれだけ興味津々に見てくれるのなら、茶色いマイケルも大満足。どうしてって? 実はね、この日のためにあの実を育てたのは茶色いマイケルなんだよ。おっと、もちろんみんなでって話だけどさ。

 リーディアの花の成長がすっごく早いのはピッケが見せた通りなんだけど、実を育てるのには少しだけ時間がかかる。それでも他の農作物に比べるとあっという間なんだけどね。

 瓦礫を積んでその中に実を入れるでしょ、そこにかき集めてきた腐植土をかぶせて、最後にマタタビ酒をトクトクと注ぐ。すると花が咲く。

 そのあとに、ネコたちで声をかけるんだ。言葉は何でもいい。だけど果実のマイケルが言うには、

「出来るだけ元気になる言葉がいいよねぇ。きっとその方がおいしくなるからさ」

 って。これにはみんな大賛成だっだ。だってその方が言ってるネコも、周りで聴いてるネコも、聴かされる花だって気分がいいだろうしね。茶色いマイケルはどんな声掛けをしてたと思う?

 だいたい2日くらいで実がつくんだ。その頃には花は落ちて、積み上げた瓦礫も崩れてしまってる。一度に採れる実の数は3つか4つだけど、瓦礫とマタタビ酒を追加すると、半日後にはまた同じくらい実らせてるよ。3回くらいは続けて採れたかな。

「彼女はほんのり酔うのが好きでした。マタタビ酒をかけて花を咲かすのは、なんとも彼女らしいですね」

 そんな風にカラバさんは目を細めていたんだけどさ、

「この実に『リーディア』の名前が付けられたのはぁ、花の見た目とは関係ないんだよねぇ」

「え」

 初めて聞くような声だった。その場にいたネコたちはみんな、すっごく驚いていたよ。

 果実のマイケルは、ちょうど役目を終えてみるみる萎れていく植物を、優しくなでるように手で示しながら説明してくれた。

「こうしてぇ、実をつけられなくなるとぉあっという間に枯れちゃうんだぁ。だけどね」

 言っているうちに『リーディア』は色を失い、土の中に埋もれてしまった。なんだか胸の苦しくなるような光景で、茶色いマイケルはピッケを見ることが出来なかった。

「だけど、この土。あとに残ったこの土がすごくってさあぁ。見ててね」

 果実のマイケルはリーディアの後に残った土を両手ですくい、他のリーディアの根元にそっとかぶせた。するとどうだろう。あっという間に実が育っていく。3つか4つしか育たなかった実が、5つも6つも生ってるんだ。

 それ以上の説明はされなかったけどさ、どうして『リーディアの実』って名前がついたのか、みんな分かったみたい。そうだよね、あの演劇の主役の名前なんだもん。

 そんなすごい実の力を借りて、茶色いマイケルたちはたくさんのシチューを用意したんだよ。

「おいお前ら、ちゃんと食っとけよ。特にマタタビ中毒の奴らな!」

 舞台上の赤サビさんがニィっとイジワルそうに笑いながらみんなに声をかける。

「この実は身体に入った悪ぃもんも分解してくれるんだとさ。至れり尽くせりじゃねぇか。この際だからお前らの濁った空気も浄化してもらえ。そしたらちったぁ見られた顔になんだろ」

 赤サビさんは「陰気くせぇ、陰気くせぇ」って言いながら、シチューを見つめて立ち尽くすネコたちの頭をネコチョップして回ったんだ。元気づけてる……んだよね?

 ネコチョップを受けて鼻にシチューをつけたネコたちは、スプーンを手に取り、ゆっくりと実をすくって口に入れた。

 どんな味がしただろう。茶色いマイケルにはほんのり甘いくらいだったけどさ、ここのネコたちにはちょっと甘すぎたかもしれないな。

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