3-15:あわあわの世界の入り口

メロウ・ハートの廃都市と果実のマイケル メロウ・ハートの廃都市と果実のマイケル

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「正確な情報は私どももつかめておりません。なにぶん流通経路がいくつも断たれており、情報も入りづらくなっておりますので。とはいえ果実のマイケルさんのおっしゃることは事実としてお受入れ下さい。世界は安定性を欠き、不安に駆られたネコたちは争いを繰り広げております。奪い合い、傷つけ合った成れの果てがこのかつての芸術都市メロウ・ハートなのです」

 茶色いマイケルは、口の開け閉めはできたけど、あわあわするだけでちっとも声が出ない。灼熱のマイケルは「そういえば……そういえば……」と思い出をさかのぼるのに忙しい。ピッケはどうだろう、と思って見ると、あれ? なんだかそれほど驚いていないみたい。

「さて、果実のマイケルさんの目的地が大空の国にあるということはお分かりいただけたと思います」

「そ、そうだ、目的。ワシらの目的地もそこだというのはどういう事だろうか。ワシらが目指しておるのは」

「『あわあわの世界』。お間違いありませんね?」

 つん、と頭をつつかれたみたいに話に引き戻される。

「あるのか、そこに」

「ええ、ございます」

 姿勢を正して立ち上がったカラバさんは、机に積まれた本の後ろから小さな時計を取り出した。

「『嘆きのネコに幸いを。世界の大時計の秒針は、いつも静かに回っている』」

 囁き程度の声なのに、放送ネコさんよりもずっと朗々と頭に響いてきたんだ。不思議な感覚だったよ。すっごく心地の良い、歌みたいな言葉。

「これは大空の国に伝わる『黄昏どきの詩歌』の一節です。この詩の中に『あわあわの世界』に関する記述があるのですが、残念ながら言葉としてどういう音にしてよいのかが分かっておりません。試しに口にしてみますが――――――いかがでしょう?」

「え、オイラにはカラバさんが口を開けてるだけにしか見えなかったよぉ?」

 茶色いマイケルも、灼熱のマイケルも、ピッケだってうなづいてた。

「そうでしょう。私自身の耳にも届いておりませんし、頭の中ですら再生ができない、不思議な詩なのです」

「急かすようですまんが、その『黄昏どきの詩歌』とやらには何と?」

「この美しい詩歌を口にできないのは大変残念なのですが……。そうですね、記号的な解読で分かっている『黄昏どきの詩歌』の内容は2つ。1つは『条件を満たすことによって、世界の大時計にあわあわの世界の入り口が開く』という事です」

「だとするとその世界の大時計とやらは大空の国にあるということか。して、次は?」

 たしなめる、というよりは「一息つきます」と断りを入れるようなカラバさんのうなづき。それでも灼熱のマイケルのしっぽが激しく揺れている。だけどそれは茶色いマイケルも、そして果実のマイケルもそうだった。

「2つ目は『あわあわの世界ではどんな願いでも必ず叶う』というものです。しかしこれについて」

 隣で跳ねるように立ち上がったのはピッケだったよ。何か怖いことでもあったのかと思うくらい、しっぽがふっさふさに開いてた。「どうしたの、大丈夫?」って尋ねると「びっくりさせてごめんね、何でもないよ」って言ってたけどね。

 だけどもし、ピッケが立ち上がっていなかったら茶色いマイケルが先に立ち上がっていたかもしれないんだ。だってそうじゃない? あわあわの世界に行けばなんでも願いが叶うんだったらさ、ピッケのお父さんネコの病気だってすぐに治るんだ。わざわざ灼熱のマイケルが行って帰ってくるのを待つ必要はない。下手をすれば半年くらいかかっちゃうんだからね。それよりもあわあわの世界で病気を治してもらった方がいいじゃない!

「すまんな、ピッケも興奮したようだ」

 カラバさんは特に気にした様子もなく続きを話してくれた。言いかけてたのは、『他の部分は解読できていないから、何か条件があるのかもしれない』ってことだって。それはそうだろうね。

 きっと難しい条件があるんだろうなぁって、茶色いマイケルは……しっぽをブンブン振ってたよ。

「でもさ、どうしてカラバさんは全員で行った方がいいって言ったの? 『大空のマタタビ』は1匹分しかないし、灼熱が先に行って匹数分の『大空のマタタビ』を摘んでくるしかないと思うんだけどな」

「ワシも同感だ。何か他に手段があるのか?」

「手段。そうですね、『大空のマタタビと等価の品』『時間』それ以外にも代替可能な選択肢はあるのですが、その前に」

 カラバさんはニッコリ目を細め、理由を言う代わりに果実のマイケルを手で示した。

「あぁ、やっぱりそうなんだぁ。仕方ないなぁ。みんなオイラが連れてってやるよぉ」

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