3-11:『長靴を売ったネコ屋』

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 メロウ・ハートの入口から円形野外劇場へとつづく、荒廃した大通り。

 その道を歩いていると、左側、崩れた家々の向こうにも通りがあることに気づくんだ。瓦礫の散乱する小道に入っていくと交差点に行きつく。その角にお店はあったよ。

 お店の名前は『長靴を売ったネコ屋』。

 ずいぶん古い木造の建物で、崩壊した街の中で一軒だけ建っていても、おかしいとは感じなかった。手入れをしっかりしているんだろうな、くらいの感想さ。

 実をいうと茶色いマイケルと灼熱のマイケルはこのお店に来たことがあったんだ。そう、小屋を借りてニワトリを交換してもらったお店だね。あの時は街に着いたばかりでお腹もペコペコだったから、じっくり見たりはしなかったよ。

「あらためてみると中、キレイだね」

 何となく懐かしさを感じるのは、この街で崩れた家を見過ぎたからかも。

 小さな鉢に緑まで育っていて、空気もどことなく澄んでいる。左右を戸棚に挟まれていても、圧迫された気分にならないのは天井が高いからかな。奥行もあるしそれに……。

「この部屋が気になりますか?」

 正面奥、たくさんの書物を積んだ文机があって、何かが動いた。しっぽだ。真っ黒なしっぽ。それがまるで絵から抜け出すように静かに動き出したかと思うと、すらりとしたネコが現れた。店主ネコさんだよ。

 黒色多めのクロシロネコ。額はハチワレ模様だね。明るいイエローの瞳の中に強い黒目がある。

 流れるように立ち上がった店主ネコさんは、コツコツとかかとを鳴らして3歩後ろに下がり、茶色いマイケルたちの方を向いて、最奥にある扉に白い毛色の手を添えた。それは、お店に入ってすぐに目に飛び込んできた、大空と雲の描かれた美しい扉だったんだ。もう少し子ネコだったなら、お外と間違えて駆けだしちゃってたな。

「これは『空と大地のつなぎ目の部屋』。あなたたちの物語はこの扉を越えた先に広がっております」

 突然の言葉に、3匹のマイケルとピッケは黙ったままだった。店主ネコさんは口元に手を添えくすりと笑い、

「まずはそちらのご用件を伺いましょう。どうぞおかけ下さい」

 と手を差し出す。そこには2匹がけのソファーが2脚、店主ネコさんの文机に向けて並べてあった。あれ、あったっけ? 扉に気を取られていたから見えていなかったかもしれないな。

「どうしたのぉ? はやく座ろうよぉ」

「う、うむ。ピッケは茶色と一緒に座るといい。ワシは不本意ながら果実の隣に座ろう」

「あふふ。ピッケよりも小さいって認めちゃったんだぁ。うけるぅ」

 ぎゃあぎゃあとケンカが始まればちょっとは気が楽だったんだけどね。4匹は革張りのソファーに深く腰を沈めたよ。

「さて、まずは自己紹介からでしょうか。わたくしのことはそうですね、カラバとでもお呼び下さい。ご覧の通りこの店の店主をしております。いえいえ、あなた方の名前は存じております。こちらから茶色いマイケルさん、ピッケさん、灼熱のマイケルさん、そして……果実のマイケルさん。お間違いありませんね?」

 にこやかに目を細めたカラバさん。

「どうして分かったのか、そう思っていらっしゃることでしょう。トリックはありませんよ。私の耳が特別に良いというだけの話。とはいえこれくらいのネコ、大空の国にいけばざらにいるのですが」

 大空の国。その話をもっと聞きたかったけれど、茶色いマイケルは我慢する。他の3匹も口を挟まなかった。

「さて、ご用件をお伺いすると申しましたが、マタタビのことですね? ええ、分かっておりますとも。ピッケさんが初めて店を訪ねていらしてからかれこれ1年ほどになりますか。その間にいくらかのマタタビを持ってこられましたが、残念ながらお父さまの治療薬と交換できるほどのものはございませんでした。それで今回は、どのマタタビなら交換に使えるのか、という質問をなさりたいのですね。そのマタタビがどこにあるのかも」

 4匹の子ネコが揃ってうなづくと、カラバさんは肉球をぽふと合わせて微笑んだ。

「ご利用ありがとうございます。お先に対価を頂いてもよろしいでしょうか?」

 え? と声をあげたのはピッケと茶色いマイケルだったよ。薬と交換するためにマタタビが必要で、そのマタタビの種類を知るのにまた何かが必要? 頭がこんがらがりそうだったんだ。ただ、もう一脚のソファーに腰かける2匹のマイケルは違っていた。

「そう驚くことでもない。重要な情報を得るには対価が必要。大人ネコたちの間では当たり前のことだ」

「まぁそうなるよねぇ」

「その理屈を幼いピッケにまで押し付けるのは気に入らんがな」

「なにぶん、商いの世界に長く浸かりすぎたもので」

 崩れることのない笑顔には迫力があった。ついついしっぽがソワソワしちゃったよ。

「フン、まぁいい。これで足りるか?」

「ほう、これは」

 灼熱のマイケルがすっと取り出したのは乾燥させたマタタビの葉っぱ。スーツケースの中のビンに入れてあったうちの1枚だね。カラバさんは鑑定用のルーペを手に取り、葉っぱの表裏をしげしげと観察した。

「はい、確かに。ではお教えいたしましょう」

 ホッとしたため息はピッケと茶色いマイケルからだ。

「治療に必要なマタタビは大空の国で栽培されたものでございます。どのようなところで手に入るかと言うと、もちろん大空の国。ですのでもしピッケさんがこのマタタビを手に入れたいとおっしゃるのなら、大空の国に行かれるのがよろしいかと」

「なっ!」

 声を荒げたのは灼熱のマイケル。ソファーを後ろに蹴り飛ばしそうな勢いで立ち上がる。

「店主、貴様それを知っていながらピッケを1年近くも放置したというのか! 食うものもろくにないこの地でろくでなしの酔っぱらいどもの下働きをしていた子ネコを、しかもそのすべてが無駄な努力だと知りながらっ!」

 カラバさんは平然と、

「はい。おっしゃる通りでございます」

 ゆったりとした口調でそう言ったんだ。

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