3-5:円形野外劇場

メロウ・ハートの廃都市と果実のマイケル メロウ・ハートの廃都市と果実のマイケル

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 バイクネコから街の名前を聞いたとき、2匹のマイケルは耳を疑った。

 だって芸術都市メロウ・ハートって言えばさ、華やかに着飾った役者ネコさんたちが、輝かしく歌って踊ってるイメージなんだから。録画映像の中、距離も時間も越えて胸にひびくあの歌声には、通りすがりのネコだって耳を向けちゃうよ。内容なんてちっとも分かっていない子ネコでも、テレビに釘づけさ。

 それに、子ネコでも知っているような舞台劇もあるんだ。

「ここが劇場か。古代の建築物だというのに他の建物と比べて、しっかり残っているな」

 2匹の前には、高さ20メートルくらいの外壁があった。

 メロウ・ハートの円形野外劇場。

 アーチをぐるっと並べて 2段に重ねた外壁は、石だけで組み上げられている。灼熱のマイケルが言うには、とっても昔に作られた建物らしい。それにしてはちっとも崩れてないや。氷の神殿にある彫刻みたいな繊細さはないけど、とにかくすごい迫力なんだ。圧倒される。

 入り口のアーチをくぐって中に入り、うす暗い階段を上れば観客席に出る。舞台前面をぐるりと取り囲むように配置された座席には……結構な数のネコたちが背中で息をしながら寝ていた。クッションなんて無い、ただの石の座席だから固くて冷たいはずなんだけど、日当たりがいいからかな、みんなどこか穏やかな顔をしていたよ。ただ、

「ふむ、上演中……とうわけではなさそうだな」

 舞台の上では、ぐてんぐてんにマタタビ酔いをしたネコたちが、好き勝手に転げたり大声を出したり踊っていたりしていた。不思議とそれを非難しようなんて気にはならなかったけどさ。

「これがあの有名な『幸せをまいて歩くネコ』の演じられていた舞台か。思ったよりも小さいな」

「あの辺りからカメラで撮影してたんだろうね。でも演劇が始まれば、みんな役者ネコさんとお話に集中して、舞台以外は見えなくなっちゃうんだよ、きっと」

「若かった父上と母上がよく来ていたらしくてな、茶色の言う通り、舞台が小さいなんて話はそういえば出てこなかった。録画映像を一緒に見ながら、当時の感動を大げさな身振り手振りで伝えるものだから、「ワシも連れて行ってよ」とよく泣いて頼んだのを覚えている。ふはは。車を使ったとしても、とても子ネコに耐えられる距離ではなかったが」

 観客席の最前列へと並んで降りてきた2匹の顔には、苦笑いが浮かぶ。

 舞台上の酔っぱらいネコたちが劇を演じていたからさ。どのネコもひどい演技でろれつも回っていない。それでいて話はスムーズに進むんだ。

 こっちのネコが『ああ、リーディア! 無駄だと分かっていてなぜ種をまく』と心配した口調で言えば、あっちのネコが『無駄かどうかを決めるのは私だからよ、アレッシオ』と励ますように応える。

 きっとこのネコたちは何度も何度もこの舞台上で、演劇を見てきたんだろうな。ふらっふらしてて危なっかしいけどさ。

 2匹のマイケルは演劇というにはお粗末なその劇を、結局終わりまで眺めていた。話の主役、リーディアの持っていた”幸せ”がとうとうなくなっちゃって、最後は自分を栄養にして幸せの種を育ててくれと言って死んじゃう、そんな悲しいお話。悲しい? ううん、ちがうな。だって最後は周りにいたネコたちの瞳がキラキラ光って……。

 ドン ガラガラガラ

 横を見ると、灼熱のマイケルが「あ」という顔をして後ろを見ていた。振り返り、視線をあげれば子ネコが観客席を駆け上がっている。何が起こったのかはすぐにわかったよ。スーツケースだ。スーツケースが盗られてる。

「え……っとぉ、取り戻しに行った方が、いいよね?」

「う、うむ、そうだな……」

 どうして慌てないのかって?

 2匹とも初めてだったんだよ! 置き引きなんてさ!

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