3-4:廃都市にて

***

「いたいっ、いたいよ!」

 声をあげる茶色いマイケル。

 灼熱のマイケルは何も言わず、左手で首を押さえつけたまま右手を振り上げた。握っているのは刃渡り20センチほどの鉈。鈍く光を返している。

「や、やめてったら、ねぇ!」

 だけどヒゲを引きつらせる茶色いマイケルの言葉なんて、ちっとも耳に入っていないみたい。ずっと黙ったままだ。わずかに聞こえていた呼吸音が止まり、そして、

「ひっ」

 ダツンッ

 切る、というよりも折る、砕く。そんな音。

 アー……

 お腹の底から、絞り出すように残りの息が漏れてきて、途切れた。

 灼熱のマイケルは左手と鉈とを、ピクリとも動かさずに握りしめている。動かすと血が飛び散るから、なんだって。

「ふぅ。なかなか力のいる作業ではあるな。お前もやってみたかったか?」

 前かがみになっていた体をゆっくりと起こした灼熱のマイケルは、その後ろ、両手で顔を隠している子ネコを見て尋ねた。茶色いマイケルだ。

 完全に顔を隠しているかと思えば、すき間から目が覗いている。だけど薄目。見たいのか、見たくないのか、どっちだろうね。

 茶色いマイケルはぶるぶると顔を横に振り、ヒゲをバタつかせて断った。

「ふむ、一度くらい経験しておいて損はないと思うがな。どれ、さっさと血抜きをせねば」

 洗い場へと向かう子ネコの手には、首のない鳥が力なくぶら下がっていた。

 晩ごはんは鶏肉料理みたい。

***

 バイクネコたちとの取引はあっけないくらい簡単に済んだんだ。

 どうしたのかって? マタタビを渡したのさ。スーツケースの中身は全部シロップだと思ってたけど違った。シロップのほかに、マタタビの葉を詰めたものと、マタタビで作ったお酒もあったんだ。

 マタタビ大好きなバイクネコたちは、ホクホク顔で送ってくれたよ。

 でもさ、ヒドいんだ。

 茶色いマイケルの首根っこをつかみ、「これをやる」って取引材料にしたあとで、

「こっちのネコを一生こき使うか、それともこの最高級マタタビを味わうか。どっちか選べ」

 ってニラみを効かせると、バイクネコたちは考えもしないでマタタビを選んだんだから!

 一時の楽しみよりも、一生お手伝いしてくれる茶色いマイケルの方がいいに決まってるのにさ!

 バイクネコたちに手を振って別れたあとは、食べ物を交換してもらえるお店を探した。そのお店で、ボロボロだけどかまどの付いた小屋を借りて、ニワトリを手に入れたってわけ。

 クケーって騒がしいニワトリは、活きがいいなんてものじゃなく、短い歩幅でテテテテテッと駆け回るから、捕まえるのが大変だったよ。大変、ではあったけど捕まえた時は、一緒に鬼ごっこをしたみたいな気分だったな。ダツン、とされちゃったけどさ。

***

「それで茶色の。いつまでワシはこうしていればいいのだ?」

「いつまでって、ボクの気が済むまでさ。まだ気は済んでないからそのままだよ」

 ニワトリの血抜きをしている間、2匹は街を見て回ることにした。お腹が減っているのは変わらないけれど、とりあえず食べるものが確保されてるってわかるとお腹の中のムシも鳴くのをやめてくれるらしい。けど、茶色いマイケルのカンシャクムシはまだプリプリ怒っていたんだ。

 茶色いマイケルは灼熱のマイケルに肩車をしてもらっていた。ガラガラとスーツケースを引きずる音がついてくる。

「ボクを取引材料にしなくっても、そのマタタビのお酒をあげるって言えばよかったじゃないか」

 何に怒っているかと言えば、バイクネコたちとのやり取り。

「いやいや、念には念をだ。どうでもいいものを先に見せられると、その後に出されたものがより魅力的に見える。2択に絞り込むことで、ワシたちに危害を加えるという選択肢を思いつかせない効果もある。なかなか高度なネコ心理戦だったのだぞ?」

 ふーん、って言って茶色いマイケルはふくれっつらになった。納得したわけじゃないけど……。

 いつもよりも少しだけ高い場所から、辺りを見回す茶色いマイケル。あまり考えないようにしていたけれど、嫌でも目に入ってくるものが多すぎるんだ。

「それにしても、この街……」

「ああ。ひどいな」

 ひどい、なんて言葉でまとめるのもどうかと思うくらい、それはもうひどい有り様だった。

 コンクリート敷きの道は乾いた大地よりも割れていて、立ちならぶ石造りの家々を見てもボロボロだ。崩れた破片が雪みたいに道路に積もっている。屋根に穴が開いているどころか、壁が崩れて中身が吹きさらしになっている家ばかりなんだ。

 さすがにそんな家に住んでいるネコはいないんじゃないかって思うでしょ?

 いるんだよ。いっぱいいる。破片だらけの、部屋と呼べるかもわからないようなところに寝っ転がっているんだ。みんな。

 ときどき目が合うんだけど、こっちを見てるようで見ていないような、どこか別の世界でも見ているようなそんな目を返してくる。

 やせ細った身体にボロ切れを、ううん、ボロ切れってなんだっけ? って思うくらいのボロボロをまとっていた。今にして思うと、あのバイクネコたちの着ていた汚れた服って、きれいな方だったのかもしれないな。

 道をフラフラ歩いているネコたちの中には、病気ネコもケガしたネコもたくさん見かけたよ。包帯でぐるぐる巻きなんてそこら中にいるし、松葉杖をついたヒザから下のないネコや、片手を失くして壁にもたれかかっているネコもいた。痛そうな顔をしていないところがさ、なんだか苦しい。

 迷路街みたいだって最初は思ったんだけど、あそこはにはまだ子ネコの笑い声があったからね。ここの空気はずっと重くて乾いてる。口を開けてるといつの間にか舌の上がザラザラしてるんだ。ま、ネコの舌は元々ザラザラなんだけどさ。

 道沿いの家は全部、そんなふうだったよ。

「芸術都市メロウ・ハート。かつては地上で最も豊かな都市のひとつだったようだが……今は見る影もない」

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