2-10:フクロウの群れ

ホロウ・フクロウの大森林と灼熱のマイケル ホロウ・フクロウの大森林と灼熱のマイケル

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 ホロウ・フクロウの林に踏み込むとすぐに、2匹の子ネコは鼻を両手で覆った。10メートルも進まないうちだった。

 そしてその時、勝手に爪が出てきた。

 ネコの爪は出し入れ出来るんだ。爪を研ぎたいときに出して、引っかきたくない時にしまえる。

 ちっちゃな子ネコの時は、こんな風に勝手に出てきたりもするんだけど、茶色いマイケルくらいの年齢になるとそういう話は聞かなかったな。おねしょしたみたいで、周りのネコに話づらいのかもしれないけどね。

 ただ、2匹には今、それを気にする余裕はないみたい。

「すさまじい臭いだな。鼻が潰れてしまいそうだ」

「これが他の動物の臭い……お母さんネコの言ってたことは本当だったんだ」

 鼻の奥を突き刺す強烈な臭いに涙を浮かべながらも、胸の内は期待でいっぱいだった。もしもお母さんネコの言うことが本当の本当に本当なら……!!

 燃える炎の子ネコの背中ごしに森をのぞきこんだ茶色いマイケルは、爪に気をつけながら落ち着け、落ち着け、と顔を撫でた。

 高鳴る鼓動に合わせて一歩一歩が速くなっていることに気づかない。ほとんど息を止めたまま進んでいる。進んで。進んで。いつしか木々をかき分けていた。かき分けないと進めないほど木々があり、圧迫されていた。そう、もう森の中にいたんだ。

 くらぁい くらぁい おおきな もり

 頭の中に絵本の表紙が浮かぶ。幼ネコ向け絵本のらくがきみたいな絵ってさ、心の風景を描いているのかもね。あれを見て感じた怖さが、そっくりそのまま茶色いマイケルたちを包み込んでいたんだから。

 ぐねぐねと踊り出しそうな木。陽の光を奪い合うように枝を伸ばしている。つる植物はまるで飾りのように垂れ下がっているけれど、よくよく見れば太い樹を半分腐らせてもいた。

「寒い。雪はないのに、なんだろうこの寒さ」

「寒さの質が違うのだろう。木々が増え、空気に湿り気も多い。さっきまでのカラっとした冷たさとは別物と考えておいた方がいいな。いざという時に動けるよう、手足はよく揉んでおくんだ」

 茶色いマイケルは素直に従った。慣れているのかなぁなんて、のんきな考えだったかな。

 その時だ。ひりつく寒さの外側に、舐め回すような視線を感じた。脚、おしり、シッポ、おなか、腕、肉球、首、そして顔と、気味の悪いグルーミングでもされているような悪寒に、毛をブワッと逆立てた。

 茶色いマイケルが声を出そうとする。その口を、燃える炎の子ネコが手で塞いだ。

「シッ。縄張りだ」

 いっそう強くなった臭い。2匹が警戒をあらわにすると一帯に緊張が走り、むき出しの敵意が向けられた。

 ギャァッ

 引きちぎるような声だ。それを合図に木々のすき間の暗闇から一斉に、叫び声が雨あられと降りかかる。音は風となって茶色いマイケルたちを襲い、必要以上に鼓膜を震わせた。目がくらむ。平衡感覚が狂う。気持ちが悪くなる。

 慌てて耳を折って音が入ってこないようにしたけれど、吐くのは止められなかった。

「タヌキやイタチじゃないな。フクロウか。フクロウが……群れているのか?」

 茶色いマイケルがその場にヒザをつく中、燃える炎の子ネコは耳も折らずに立っていた。山のようにどっしりとしていて、暗闇の中でもぼうっと光って見えた。

「来るなら来いっ!」

 マズルの上がった声。笑っているんだよ、この状況で。この子ネコは。

「一羽一羽相手にしてもつまらんっ、かかってくるなら一斉にだ。返り討ちにしてくれる!」

 闇の中に向かって叫ぶと、茶色いマイケルの方を見た。

「任せておけ。フクロウなど何羽いようが後れを取りはせん」

 ヒゲは真上を向きそうなくらい持ち上がっていた。もともと逆立っている毛はもう炎にしか見えない!

 しゅっ、と風が鳴った。

 空気が揺れた、と言った方がいいかもしれない。

 陽に当たらずに、ほそぼそと生えている雑草の、弱々しい葉っぱをわずかに揺らすくらいの、風。

 次の瞬間、風が荒れ狂い、地面ごとえぐれ飛んでしまった。

 目の前にいたはずの子ネコが、燃える炎の子ネコが……いないっ!

「なっ、ど、どこっ!?」

 茶色いマイケルは恐ろしさも忘れて立ち上がり、今しがたそこに立っていた子ネコの行方を探った。すると直上。仄かに差し込む明かりの中に、巨大な影があった。

 ギャァッ

 ひときわ大きな鳴き声。

「あああっ……そんなっ! ホロウ・フクロウっ」

 揺れる瞳がとらえたのは、空を覆いつくすほどの羽を広げた大森林のぬし

 しかし目を見張ったのはそこじゃあない。

 怪鳥の巨大な爪につかみ取られ、身動き一つできずぐったりとしている、燃える炎の子ネコの姿だったんだ……!

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