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意地悪なくらい天気に恵まれた冬の午後。
くねくね曲がった坂道を、茶色いマイケルは1匹でぼんやりと下っていた。
この辺りはスノウ・ハットの街でいちばん新しい。
平地の多いこの街は、お祭りの評判もあって住みたいっていうネコが多いんだ。だけど 場所がない。平らなところはどこも家か道になっちゃってるし、丘の上はお墓でいっぱいだしね。
だから坂を平らにして住宅地を作ることになったんだけど、ショベルカーやブルドーザーなんかの重機はすっごく揺れるから、ネコたちは乗りたがらないんだ。そうなると大掛かりな工事はできないからちょっとずつ家を作るしかないよね。
『この辺は建てやすそうだ。この辺は急すぎる。こっちはどうだ、あっちはどうだ』っていうふうに、バラバラに建てられた家々をつなぐように道を作ったものだから、曲がりくねっているっていうわけなんだ。
そんな先の見えない道だからかな、丘の上にあるご先祖ネコ様のお墓を見上げて「今年雪が降らなかったのはもしかして……」なんて思っちゃうのは。
茶色いマイケルは頭をおもいきり左右に振った。
「そんははずないよね」
スノウ・ハットでは毎年きちんと、氷の神殿で”遊びを捧げて”いたんだから。絶対に、ご先祖ネコ様が雪を止めるなんてことはない。
「はぁ……おうち帰ろうかな」
言葉にするとすっごく胸が苦しくなったよ。去年の今頃はたくさん雪の積もった迷路街を駆け回っていて、楽しい話やとってもきれいな銀世界の話を、お母さんネコに聞かせてあげられたのに、ってさ。
茶色いマイケルはほっぺをペシペシ叩いた。
「今日はシロップ祭りの日。スノウ・ハットの子ネコは笑っていなきゃ」
頬のヒゲを引っ張って、にぃっと笑顔を作ると、少しは気持ちが和らいだ。
何かすればいい。
そんな声が頭の中から聞こえた気がして、気持ちを切り替えてすぐのことだった。茶色いマイケルの耳がピクピクッと動いた。子ネコの泣き声だ。
わき道をのぞき込むと一本向こうの通りに、うな垂れたしっぽの先が見えた。茶色、黒、白。三毛の子ネコらしい。茶色いマイケルはタタッと駆け寄って、
「どうしたの? ケガしたの?」
と驚かせないようにそっと声をかけた。両手で目をこすっていた三毛の子ネコは、のぞき込むように茶色いマイケルを見上げて、
「おがあざんねごじゃ、な゛い゛ぃぃ」
って口を大きく開けてまた泣きだした。
「お母さんネコを探してるんだね。こんなに汚れるまで、えらいね」
三毛の子ネコの服は泥だらけだったんだ。もう乾いていたけれど、溶けてジャリジャリの雪の上で前のめりに転んだみたいで、アゴの下まで汚れてる。きっと一生懸命探したんだよ。それでも見つからなかったからこんなところで泣いちゃってたんだ。
茶色いマイケルは口元をたわませ、
「大丈夫、お母さんネコはボクがきっと見つけてあげるから」
と少ししゃがんで、ゆっくりと頭をなでた。
「……ほんと?」
「ホントもホント。ね、まずは汚れをふいて」
「ほんとにお母さんネコのとこに連れてってくれる?」
三毛の子ネコは思ったよりも強い力で袖口をひっぱった。茶色いマイケルは涙と泥とで汚れているその手に、力強く肉球を重ねた。
「きっとさ! ボクに任せて。きっとキミをお母さんネコのところに連れて行ってあげるから。不安かい? 広い街だからね、心配になるのもわかるよ」
でもね、とアゴについた泥を手で拭ってあげる。三毛の子ネコは目を細めた。
「ボクはこの街、スノウ・ハットのネコだからね。街のことなら隅から隅まで知ってる。知り合いだっていっぱいいるしね。だからキミのお母さんネコがどこにいたとしても、ボクなら探してあげられるよ。案内だってしてあげられる」
「ほう、それはいいことを聞いた」
えっ、と目を見張ったのは茶色いマイケルだけじゃない。子ネコもパッと泣き止んで、二匹はくりっとした目の奥をのぞき合っていた。
キミじゃないの? ううん、お兄ちゃんじゃないの?
二人はふるふると顔を横に振ったんだ。
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