4-49:宣言、そして崩壊

『よーし来るか、来るよな? 来い、来い、出てこい』

 どこからともなく聞こえてくる風ネコさまの声は、無邪気というよりは真剣で、ずっとずっと待ちわびたものがついに目の前に現れる、という高揚感でいっぱいだ。

 反対に、一拍遅れて叫んだ灼熱のマイケルの声は、叫んでも叫び足りない、それでもつっかえたもどかしさを吐き出そうとするようで、聞いている茶色いマイケルの胸までが苦しくなってくる。苦しくなって……だけど少しは息の通りが良くなったかな。

 ひとしきり叫んで灼熱のマイケルは、今度はそれを振り切るように、

「――ぁああああっっ!! 続くぞっ、果実! 虚空!」

 と頭の中で大声を上げたよ。そして芯を使って無事に浮き上がる。呼びかけられた2匹も続き、それから絞り出すように謝っていた。だけどそんなこと言う必要はないんだと、茶色いマイケルは空の上でしっぽを振った。

 4匹のマイケルがそれぞれに芯を使って浮き上がるのを待っていたのかのように、空が鳴動しはじめた。空気が激しく震えている。震源ははっきりしていた。クラウン・マッターホルンだ。神さまの造った山々が、大空ネコさまの気配をついに感じ取ってしまい、怒りか、あるいはそれ以外の、子ネコには計り知れない感情によってわなわなと震えているんだ。

 震えとともに景色が染まっていく。黄昏よりももっと土くさくて赤茶けた色が、クラウン・マッターホルン全体に塗り重ねられ、さらには空へと広がっていった。

 空気の震えに乗っていたのは色だけじゃない。高い低いでは言い表せない、音かどうかも怪しい振動に乗って、意思が、感情を伴って伝わって来たんだ。

『空の大地に集いし神々よ』

 直後、風ネコさまが小さく『来た』とつぶやいた。

 茶色いマイケルはその振動から伝わる”声”を以前聞いた事があった。神域接続の間で、大空ネコさまの記憶を見せてもらった時にさ。

 そう、それはネコたちの周りにいつもあって、切っても切り離せない、生きるために必要な全てを与えてくれる神さま――大地の神さまの声だった。

『クラウン・マッターホルンの秩序は崩された』

 茶色いマイケルの身体を、激しい嫌悪感がおそってくる。

 大地の神さまの、大空ネコさまとネコたちに対する感情だろう。

『愚かなネコと空の神々は、星の安寧が揺るがす存在である。誇りを持たず、資源を貪り、いつかはこの星すべてを食らいつくす害悪だ』

 あまりの嫌悪感に悲しささえ感じたよ。

『奴らに星を明け渡してはならぬ』

 すると、固唾をのんで見守る子ネコたちの前に、どこからともなく”大地”が集まってきた。岩や土塊とはまた別の、大地としか呼びようのないものが吸い込まれるように集まり、さらにはものすごい速さで凝縮されていく。

『すべての神々に告げる』

 凝縮された”大地”は、その体積を10倍、20倍、40倍と増やし、

『集え。結せよ。そして決せよ。今より我らが星を奪い返す』

 やがて一つの歪な球形へとまとまっていき、それから、

『大地の神の名の元に、開戦を宣言する』

 まばゆいまでの閃光が走り、

『空にまつろう神々よ、この星に貴様らの居場所はないと知――』

 粉々に砕け散った。

「?」

 凝縮した”大地”が光った直後のことだった。巨大な質量体となった”大地”が、さらさらの粉砂糖よりも細かく散って、霞ほどの湿気も残さず消えてしまったんだ。

「………………」

 子ネコたちは目だけを見合わせた。

 いや、揺れた瞳がたまたま合っただけかもしれない。

 最初はそういう演出だと思ったんだ。集まって一旦は固まった”大地”が崩れて、その中から小さな大地ネコさまが現れて、にゃーん、とひと鳴きしたら他の神ネコさまたちが集まってきて、最後に敵対している大空ネコさまたちが、わー、って押し寄せてくるっていう、そういう流れの演出だと。そういうのを知らず知らずのうちに茶色いマイケルは思い描いていた。

 だけど崩れた”大地”からは何も出てこなかった。大地ネコさまどころか、岩石のひとかけらも零れず、パラパラと光の粉になって消えていくばかりだった。もちろんそれ以上一言も発しはしなかった。

『な、にが……』

 粉微塵になっていく大地の神さまを、見すぼらしく残った山頂から見上げながら、穏やかな声の神ネコさまが抑えきれない驚きを漏らす。

『……』

 雷雲ネコさまはしゃべらないし動かない。

『……相変らず、つかめない方だ』

 その場にもう1匹いた黒い神ネコさまは、何が起こったのかを察したようだ。

 茶色いマイケルと同じように。

 それは灼熱のマイケルたちが芯を使うことに気を取られている、ほんの一瞬のうちに起こったよ。凝縮された大地の中を何かが刺すように通り抜けたんだ。

 閃光が弾けた一瞬だった。いいや、あの閃光こそがそれ自体だったのかもしれない。とにかく早すぎたからはっきりとは見ていないけれど、通り抜けたものもまた、凝縮されたような透明な何かだった。それを、茶色いマイケルはたまたま見ていた。それがどこに流れていったのかも。

 風が、赤茶けた空を刷毛で掃くようになぞり、世界に色を戻していく。風音はとびきり清々しくて、中に飛び込んでしまいたいくらいだ。声はそのあたりから聞こえた。

『よかったーちゃんとできた。失敗しなかったー』

 風ネコさまは、一匹遊びをしている時の子ネコみたいにつぶやいていたよ。

『きっと。これで、きっと』

 心の声がつい漏れたというふうで、それだけを聞けば「微笑ましいなぁ」なんて思ったかもしれない。神さまが神さまを滅ぼした後でなかったらね。

 風ネコさまはいったい何がしたいんだろう。

 茶色いマイケルはそんなことをぼんやりと考えながら、ずいぶんと湿ったため息を、ふぅー……とお腹に痛みを感じるくらいまで吐いていた。

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