4-42:突撃ネコ

***

「よろしくお願い致します、風ネコさま」

『じゃー、さっさとあの小心者を吹っ飛ばせよー。びゅーん、て』

 打ち合わせが終わるとまもなく、上空の黒雲からはびゅうびゅうと、雷鳴を上書きするほどの風の音が聞こえてきた。風ネコさまは『雷蛇』の上を走り回るだけに留まらず、今度は噛みついたり振り回したりしている。さすが神さま、でたらめだ。

 とはいえ、上を気にしているヒマはない。茶色いマイケルたちにもやらなきゃならないことがあるんだからね。

「では手筈通りに」

 虚空のマイケルが言った。

 それを合図に果実のマイケルは、用意してもらった自分の『風の獣』に乗り移る。

 身軽になった灼熱のマイケルは、準備は十分かと問うように紫外線ゴーグル越しにみんなと目を合わせた。次いで、

「はぁっ!」

 と風の獣をその場で高速一回転、その勢いのまま真っ逆さまにクラウン・マッターホルンへと飛び降りる。

 すると、さっそく目をつけられたらしい。低い位置にあった黒雲から『白雷の矢』が驟雨のように降り注いだんだ。

 だけど灼熱のマイケルの操る『風の獣』は、空中をタッ、タッ、タッ、とジグザグに蹴って的を絞らせなかった。全ての矢を避け、山の側面に張りつくなり一転、雷雲ネコさまのいる上空目掛けて雪壁を疾走し、ナイフリッジを発射台に蹴り上がった。

 風の獣は、向かってくる『白雷の矢』の中をそれこそ矢のように突き進んだ。

 すごい、当たらない!

 風ネコさまと同じように、灼熱のマイケルめがけて放たれた白雷の矢がスレスレのところでギュンと曲がり、他の雲へと入っていくんだ。白雷の矢を飲み込んだ黒雲は、わっと粉が弾けるように散った。

 異変に気付いた雷雲ネコさまは、

『またお前か! 邪魔だ、先にくたばれ!』

 と余裕なく叫び、自分の身体の中に泳がせていた小ぶりな雷蛇を1匹放った。雷蛇は小刻みにうねりながら獲物めがけて飛び出し、風の獣を丸飲みにした。と思ったけれど、やはりギュンと逸れて別の黒雲へと潜っていく。

 『む』とたてがみを逆立てる雷雲ネコさま。

 対して灼熱のマイケルは颯爽と立ち上がった。

 雷雲ネコさまめがけて垂直に駆けあがる風の獣の背の上で、「フンッ」と拳を引く。ぎゅっと脇をしめる。そうしてネコ正拳突きの構えで「はぁぁぁ……」と深く息をし、力を溜めた。

 下から見守る茶色いマイケルの拳にも思わず力が入ったよ。

 だけど、

「灼熱、下ぁあ!」

 さっき曲げた雷蛇が、灼熱のマイケルを背中から狙っていたんだ。果実のマイケルが声の限りに叫ぶ。

 蛇行する光の線が引かれたと思った次の瞬間。

 風の獣は消えてなくなり、空には力なく落下する灼熱のマイケルだけが残った。子ネコはしっぽを風にぴろぴろと煽られながら、山頂の向こう側へと落ちていく。

 それを見て3匹は同時に「わあああ」と飛び出した。

 風の獣たちは連れ立って、灼熱のマイケルがそうしたように一度急降下して雪壁で加速、それから勢いよく雷雲ネコさま目掛けて飛び立つ。茶色いマイケルは風を潜るように身を屈め、紫外線ゴーグル越しに黒雲ネコさまを見据えた。

 その黒雲ネコさまはといえば、興味のないおもちゃでも見るように上空から一瞥し、

『助けにも行かんか。お前たちももういい、一緒に逝け』

 とだけ言ってそっぽを向いた。

 雷雲ネコさまの身体から飛び出す雷蛇。雷蛇は3匹を丸飲みにしようとガァッと口を大きく裂いて――曲がった。直前でクイッと曲がり、近くの黒雲へと入っていく。

 できたっ!

 でも今度はそこで終わらない。3匹は一斉に雷蛇の潜った方を向き、黒雲を睨んだんだ。

 思ったとおり雷蛇が大口を開けて襲ってきていた。だけどそれも、子ネコたちを飲み込む直前でクイッと曲がり、他の黒雲へと潜り込んだ。

 気づいた雷雲ネコさまは、

『ネコの分際でっ!』

 と怒りの咆哮をあげて雷蛇をさらに2匹生み出し、茶色いマイケルたちへと撃ち放った。それでも、

『なにぃ!?』

 激突の直前でことごとく雷蛇が頭を曲げたんだ。これにはさすがの雷雲ネコも驚いたらしい。激しくたてがみを放電させていた。

 が。

 刹那、茶色いマイケルは周りを取り囲む雷蛇を見た。20匹、いや、30匹はいたんじゃないかな、いきなり雷蛇だらけ。さすがに頭が真っ白になっちゃうよ。

『これで終わりだ』

 と少し寂しそうな声を聞いた。

 どうしよう。もうちょっと手加減してくれると思ってた。

 『神世界鏡の欠片』は出していないから間にあわない。もちろんしっぽを撒いて逃げる時間なんてくれるはずがない。出来ることと言えば目を閉じることくらいかな。でもまぶたを閉じたなら、もう二度と目を開けることはないに違いない。

 だから待った。

 茶色いマイケルはパッチリと目を見開いたまま、息を詰めてその時を、その瞬間を、ただただ待ったんだ。

 雷蛇が口を開けた。

 雷蛇が嗤うように口を裂いた。

 雷蛇が眼前に迫ってのどの奥を見せつけた。

 雷蛇の光が視界一杯に広がって――

 ――消えた。

 雷蛇が霧散した。

 雷蛇がことごとく霧散した。

 無数にいた雷蛇は跡形ものこさず、すべて光の塵となって消え去ってしまった。空に残ったのは糸くずのような放電火花と、キラキラと美しく煌めく――

 雪。

 舞い上がった細かな雪の結晶たちは、暗く重たげだった檻の中を、少し明るい灰色にけぶらせていた。

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