4-36:最後の欠片

***

 4匹は尖った岩の周りで、風を浴びていた。

 風と言っても微風も微風、ヒゲが無ければ吹いているのか分からないくらい。それでも茶色いマイケルたちは気持ちよさそうに目を細めていたよ。

 ただ、そう長いこと浸ってはいなかった。険しい場所を登っている時はこの時間をじっくり味わってやろうと思っていたのに、どうしてかな、これで充分だって思ったんだ。それに最後の欠片を見つけてからだって遅くないからね。

「さすがにポンと置いてあったりはしないねぇ。例のドジ……んんっ、奇跡に期待してたんだけどなぁ」

 空の向こうにやっていた目を名残惜しそうに戻しながら、果実のマイケルがつぶやいた。

「奇跡が無ければ俺たちで探せばいいさ。これまで登ってきた道に比べれば支点も取りやすいし踏ん張りもきくだろう。ここに支点をとればあのナイフリッジの側面だって探せるぞ。ところで例のドジとは一体」

「ン、ンンッ。飯を食う前に見つけてしまおう。果実が重くなると引き上げる方がたまらんからな」

 割り込むように灼熱のマイケルが口を挟む。

「そうだねぇ、気圧で灼熱の小さな脳みそォがさらに縮んじゃうと困るから早く探さないとねぇ」

「この山の気圧は、地上にある同じ高さの山よりもネコの身体には良いと調査記録にはあったが、脳が縮むというのはどこからの情報なんだ? 信頼できるソースだろうか」

「えっ、いや、そのぉ……」

「ククク、脳が縮んだのはお前の方だったようだな、果実」

「?」

「あはは、軽口だよ虚空。いつものやつだから真面目に応えなくてもいいって」

「なるほどな、俺ももう少し頭を柔らかくしないといけないな。それよりも例のドジとは」

「おーし茶色、お前の耳で見つからんか試してみるとしよう。おい果実、お前もぼさっとしとらんで鼻をきかせんか。虚空もそれらしいところをまずは目視で探してくれ」

 灼熱のマイケルは3匹の背中をぐいぐい押して欠片探しを促した。

 小一時間くらい探したかな。

 山岳地図を見ると尖った岩の辺りに印をつけてあるから、欠片のある範囲はそう広くないはずだった。大空ネコさまからも頂上の欠片はすぐに見つけられるって聞いていたしね。それこそ果実のマイケルの言うように、ぽんと置いてあるものだとばかり思ってたんだ。

 4匹は協力して、まず目視できる場所をくまなく見て回り、それから雪を掘ったりその奥にある岩の隙間を覗いてみたりした。茶色いマイケルの耳をエコーの代わりにしてみたけれど、反響するものがないし雪が音を吸い込むからちょっと難しい。空気が冷たすぎるというのもあって、果実のマイケルの鼻もいつものようには利かないらしかった。

 辺りには雲が多くなってきたし風も出てきて、4匹の表情にも焦りがチラチラとのぞいている。

「おかしいな、他に探せそうなところが無い」

「もしかすると足元? ここに埋まってるとか?」

「もしそうならかなり厄介だぞ。さっき雪をどかしている時にスコップで触れたが、とんでもない固さだ。スコップの先がひしゃげてしもうた」

 茶色いマイケルは足元を見つめ、今日中に見つからなかったらこんなところでビバークするのかと、のどを鳴らした。他のみんなもしっぽが下がっている気がする。

 でも仕方ない。やるしかないんだからね。

 勢いよく顔をあげると、他の子ネコたちも同じような顔つきになっていたよ。

「ねぇ、今までに欠片を見つけた時ってさ、何かヒントになることはなかったかな。光ってたり暗かったり、音が出てたり匂いがしたり」

「ふむ、些細な変化か……。ワシらはすぐに見つけてしまっていたからな」

 灼熱のマイケルの視線が虚空のマイケルから離れていく。

「果実のマイケルはどうだ。第1ポイントで最初に見つけたのは君だったはずだ。何か気づいたきっかけは無かっただろうか」

 果実のマイケルは「ん~」と斜め上を見ながら、

「何かあったかなぁ……あの時もたまたま目についただけだったと思うけどぉ、でも無意識のうちに何かを嗅ぎ取ってたり聴いてたりするかもしれないしぃ」

 と記憶の中を探っていた。

 方法を考えるよりも体を動かして探した方が早いかもね、と言いかけた時、

「いっぺん出してみるか」

 と灼熱のマイケルが手を叩く。

「ワシらの手元には欠片があるではないか。ちょっと雪にでも埋めてみて、光るかどうか確かめてみるのだ。何も変化が無ければそれはそれで諦めがつくだろうて。その時は地道に時間をかけてでも探せばいい」

 神さまの持ち物だったからね、抵抗が無かったわけじゃない。ただまぁ、早く見つけたかったし、噴石避けだったり土砂避けだったりと、散々盾に使ってきたしで、みんなあっさりとうなずいたよ。

「でもさぁ、吸収された欠片って取り出せるのかなぁ。中で一つに合わさ」

「お、出たぞ」

 欠片はすぐに出て来た。「どうやったの」と聞いてみれば「念じただけだ」だって。簡単に出るならもっと早く盾に使っていたのに。

「むっ、なんだこれは」

 取り出したのは第6ポイントで見つけた欠片だった。なにやら光っている。外は明るかったし雪の反射もあって分かりづらくはあったんだけど、間接照明みたいな柔らかい光で、ぼわん、ぼわん、とゆっくり点滅していたんだ。

「もしかすると反応しておるのか?」

「かもしれないね。さっきはこんな風に光ってなかったしさ」

「ちょっと動かしてみるぞ、おい虚空、光り具合を見ていてくれ」

 茶色いマイケルくらいの大きさの欠片を抱えた灼熱のマイケルが、その場から二歩後ずさる。

「光がやわらいだな。前に出てみてくれ」

 指示通りに動くと今度は光が強くなった。4匹は顔を見合わせ「いけるぞ」という表情。一応、支点を作ってザイルも繋いでおいたよ。だけどその必要はないくらい、あっけなく場所は特定できた。

 とはいえその場所というのが……。

「これはどういう事だろうか……ここに何かがあると?」

 虚空のマイケルが目を細めてその辺りを見ているけれど、何かを見つけられるとはとても思えなかった。

「ここ、空中だよね?」

 それは尖った岩の上。そこに登ってさらに1メートルくらい上の辺りで一番光が強くなったんだ。4匹は代わる代わるその辺りを手で探ってみるけれど、何かつかめたという感触はない。ただブンブンと手を振っているだけだ。

「ねぇねぇ、もういっそのこと吸収してみたらぁ? 何かあるんだったら吸い込めるんじゃないぃ」

 みんなの視線を受けた虚空のマイケルは、胸から吸収用の小さな欠片を取り出して尖った岩の上によじ登った。見守る3匹も自然とすぐそばまで近づく。

「やってみるぞ」

 コクリ、と3匹。

 バランスを崩さないようにそろりと手を伸ばし、そうして翳した吸収用の小片は、今までになく強い光を放ちはじめた。茶色いマイケルは思わず腕で光を遮る。とても目を開けていられない。

 やった、吸収してるんだ!

 すん、と鼻を鳴らす音がした。何事かと果実のマイケルに目を向けかけたところで、腕の毛がなんだか湿っぽいことに気付いた。さらに、瞬きと瞬きのあいだのうちに、周りがぐんぐん暗くなってくる。

 なんだろう、雨かな。

 見れば頭上にふたをするように雲が覆っている。雪雲よりもやや影が多くて、もし見かけたら家に帰りたくなるくらいの雨雲だ。

 あれ、と思ったのとほぼ同時。パリッと軽やかな音のすぐあとで、一帯が強く光った。目を開けていられなくって、思わず額に腕をかざした。

『おい』

 声がした。

 かざした腕をはずせない。眩しいからじゃない。

 知ってる。

 ヒゲのぴりぴりするこの感覚。あれから何週間も経っていたけれど、忘れるはずがない。忘れられるはずがないじゃないか。それに――

 こんな標高にあるはずがないんだ、雨雲なんて。

『何をしている』

 ああ、失敗した。

 重い金属の塊をコンクリートの上で引きずるような音が聞こえる。

 この音も知っている。聴いたことがある。頭を抱えてうずくまりたい。逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい。逃げないと。早く。

『そこで何をしているんだ? ネコども』

 だけど超自然の存在は、茶色いマイケルたちを逃がす気はないようだ。

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