4-30:第5ポイント 岩の斜面

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 第5ポイントは、岩の斜面の広がる場所にあった。

 左手に山、右手に崖というロケーションは第4ポイントの崖沿いの狭い道と同じで、ここはその道幅がぐっと広くなった感じかな。一見すると足場もあって安全そうに見える。

 だけど一度足を滑らせるとどこまでだって落ちていけるくらい傾斜がきつくて、ところどころに大きな隙間もあるから一歩一歩確実に進んだよ。

 斜面に慣れてきたころ4匹は途中に支点を作って、休憩をかねて装備の点検と交換とを行った。ここの岩肌は滑らかで、お尻を下ろしても痛くない。

「そろそろ雪田が見え始めるころだから、足元の装備も確認しておいてくれ」

 雪と聞いて思わず耳がぴくっと跳ねてしまう。

「ふむ、頂上付近はほとんどが雪で覆われているらしいからな、楽しみで仕方ないだろう」

 微笑ましいものを見るような視線に、つい耳を押さえて「べ、別に」と強がりを言っちゃった。しっぽだってブンブン振ってるのにさ。

「そ、それより靴だよ靴、爪の出し入れは確認した?」

「ククク。ああこの通りばっちりだ」

 灼熱のマイケルは足を持ち上げ靴裏を見せる。これが雪山登山の要となる特殊装備『アイゼン・キャット・ウォーカー』だ。

 靴底には吸着性に優れた超肉球が付いていて、今登っているような岩の斜面ではクライミングネコグローブと共に頼りになる。

 さらに、ボタンを押すことでガシッと勢いよく爪が出るんだ。アイゼンと言えば普通、いくつもの爪のついた鎖を靴に後付けする装備なんだけど、このアイゼン・キャット・ウォーカーの爪は収納式なんだ。ネコと同じだね。だから岩肌の出ている場所と雪をかぶっている場所とをスムーズに行き来できるよ。

「茶色はさぁ、スノウ・ハットでもこういう爪のついた靴履いてたのぉ?」

 2度目の携行食を齧りながら果実のマイケルが尋ねる。

「ううん。スノウ・ハットは雪の多い場所だけど、坂が多いわけじゃないから、肉球のついた靴だけで足りるんだ。危ないからスパイクも禁止されて――えっ、なにっ!? 地震!?」

 低い地鳴りと共に岩肌が震え、岩同士のぶつかり合う音が不気味に響いてくる。

「ざっとでいい、荷物を詰めてすぐに動けるように!」

「わわっ、この揺れヤバくないぃ!?」

「身を屈めていろ! ザイルを短く絞れ!」

 揺れは激しさを増し、茶色いマイケルたちを斜面から振るい落とそうとした。

 だけど、クライミングネコグローブとアイゼン・キャット・ウォーカー、この2つの装備についている計4つの肉球と、さらに支点とによって完全に岩肌に固定された4匹は、つむじ風に襲われた時ほどの危機を感じなかったよ。虚空のマイケルも予備のゴーグルをはめ、冷静に坂の上を観察していた。

 だけど声色が変わった。

「まずい! 何か流れてくる!」

 見ればさっきまで何もなかった場所に煙のようなものが立ち昇って……いや、茶色いマイケルたちに押し寄せてきてるんだ!

「避難しなきゃぁ!」

「ダメだ! アレはそっちに流れてくる!」

「ならば崖側だ!」

 トン、と岩を蹴った灼熱のマイケルが下方右側、崖のある端の方へと一足飛びし、そこにハーケンを打ちこんでザイルを通した。

「お前たちも飛ぶなり転がるなりしてこっちへ来い! 落ちそうであればワシがここで拾ってやる!」

 言い終えるが先か、茶色いマイケルは思い切りしゃがみ込み地面を蹴る。気付いたのは跳んでしまってから。

 しまった。虚空を連れて来なきゃ。

 顔だけ振り返ると目が合った。まだ一歩も動いていない。

 だけど虚空のマイケルは、意を決したように大きくうなずき、果実のマイケルの投げ渡したザイルの端を手につかんだんだ。

 よし、いける!

 茶色いマイケルは灼熱のマイケルの負担にならないよう、着地に専念し、支点にカラビナをはめて固定。そこで再び虚空のマイケルたちの方へと振り向いた。ちょうど果実のマイケルがこっちに跳んでくるところだった。

「何をしているお前も跳べ!」

 だけど虚空のマイケルはしっかりと打ち込んだハーケンみたいに動かなかった。

「くっ、すまんっ! ――足がっ!」

 何かに挟まっているわけじゃない。灼熱のマイケルの状況判断は速かった。

「ザイルを離すな固定しろ!」

 虚空のマイケルは、果実のマイケルから伸びたザイルを、腰のカラビナに手早く巻き付けた。灼熱のマイケルは、跳んできた大きな子ネコを受け止め、

「走れぇええ!」

 と叫び、茶色と果実の2匹を痛いくらい地面に押し付けた。

 直後「ぐぅっ!」という呻き声と共にドドドドドっと何かが横をかすめて流れていく。小石か砂か、細かなものが飛び跳ねてきて茶色いマイケルの体中を洗っている。目を閉じていたから、いつ大岩に押しつぶされちゃうんじゃないかって心臓がバクバクさ。

 流れはニ三秒のことだった。

 音が過ぎるなり3匹は起き上がり虚空のマイケルのいた場所に目をやった。流れの正体は雪や小石だったらしく、岩の斜面がびしゃびしゃに濡れている。その濡れ跡を目で追ってみるとすぐに、ぴんと張ったザイルが岩の隙間に伸びていた。

「……地震か融雪か、この土砂なだれは結構な頻度であるようだな。なるほど斜面の岩が滑らかになってるはずだ」

 声は岩の隙間からだ。かなり狭かったけれど虚空のマイケルはそこに、詰め込まれたように収まっていた。

「よかった……。今回は意識があるみたいだね」

 引っ張り出された子ネコに茶色いマイケルが声をかけると、

「ああ、走り出した途端足を滑らせて斜面を転げたのが幸いしたらしい。穴にはまって、のまれるのを避けられた」

 と頭に乗った小石を払いながら苦笑いしていた。胸が激しく上下し、息も荒い。きっと怖かったんだ。

「第二波が来るかもしれない。不備がないかだけ確認して先を急ごう」

「いや、焦る必要はない」

 ん? と茶色と虚空の2匹が声の方を見れば、灼熱と果実の2匹が上機嫌にニタニタしている。茶色いマイケルは察した。

「ここは道幅があるからな。コイツを十分に活用できる」

 しゃがみ、虚空のマイケルの引っ張り出された穴から取り出したのは、

「なっ、まさか欠片か!」

 神世界鏡の欠片だった。

「なんという偶然! まさに奇跡だ」

 大げさに騒ぐ1匹を3匹は温かく見守っていた。

 残る欠片はあと2つ。この調子なら無事に任務を完了させられそうだね。

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