4-14:首輪

***

 変化は劇的だった。

 まず目に飛び込んできたのは、果実のマイケルを赤く染めていたものがキレイさっぱり無くなった事。毛は元通り白くなっていた。元よりも白くなっていたかもしれない。

 次に、灼熱のマイケルの身体から、さっき起こったことの痕跡が消えた。色が戻り、変な曲がり方をしていた部分が戻り、よく干した布団みたいにふわっと、抜けていた空気が戻った。

 それからパチッと目を開けたんだ。今度はちゃんと瞳に光が宿っていたよ。子ネコははじかれたように上半身を起こし、きょろきょろと辺りを見渡した。

「たまげた」

 と一言だけ。

 灼熱、果実、茶色の、3匹のマイケルは、今にも飛び出しそうな言葉を喉元で押しとどめ、同じネコに目をやった。青空のネコじゃなくって、虚空のマイケルだ。

 子ネコは灼熱のマイケルの無事を見届けるとまた元居た場所に歩いてきて、その場に座った。ひざまずくんじゃなくって、おしりを床につけていたよ。なんだかあっけにとられちゃった。

「感謝いたします」

 青空のネコは、ネコたちがそうするように舌を出して背中の毛づくろいをしていた。青空にしか見えないから、毛があるかどうか分からないんだけど、柔らかそうなものがあるようには感じられる。

 ふと、ネコが顔を上げる。両前脚とお尻を床についた美しい姿勢だ。

『4匹がそろったみたいだね』

 柔らかい日差しみたいな声。「はい」と応える虚空のマイケルにさっきまでの緊張感はない。たぶんそれを見て他のマイケルたちの目が開いちゃってたのかもしれないな。青空のネコは、

『ん? 僕、また何かした?』

 って言って、ちょこんと首を傾げたんだ。

「ええ、随分とお怒りのご様子でした」

『あらら、君から見てもそうだってことは……この子ネコたちにはとっても怖い思いをさせたんだろうね』

 青空のネコは虚空のマイケルから今ここで起こったことを全部聞くと、『ニャー』と高い声でひと鳴きしたよ。

『灼熱のマイケルちゃん、ケガは大丈夫? 痛かったでしょう。傷は治したけど記憶は戻してないからなぁ。なかったことにした方がいいかな?』

 尋ねられた虚空のマイケルは、ポカンとしている3匹を順に見た。

「いえ。このネコたちであれば乗り越えられるでしょう。多少の悪夢には苛まれるかもしれませんが」

『ホントごめんねぇ』

 苦笑いの虚空のマイケル。何が起こってるんだろうという疑問を言葉にしてくれたのは灼熱のマイケルだった。正座になって向き直り、スッと手を挙げる。

「もう、普通に語り掛けても平気だ」

 その声にうなずき小さなため息をつくと、

「先ほどは失礼いたしました。知らなかったこととはいえ、ワシが軽率でした」

 と頭を下げたよ。

『いいのいいの。あの僕はまるで融通がきかないって分かってるしね。昔からシエル・ピエタたちもヒドイ目に合わされてきたもんねぇ。それより身体は? おかしなところはないかな?』

 灼熱のマイケルは「はい」とゆっくり面を上げ、見せるように身体を動かしてから、

「どこにも異常はないかと。むしろ軽くなった気さえします」

 と湯上りみたいにホカホカした顔で驚いていたよ。お世辞で言ってるわけじゃないっていうのは見て分かった。

『ネコの精神体の負った傷を治したからね。僕は大雑把にしか力を使えないから他のも治しちゃったみたい。ま、治る分にはいいよね』

「感謝致します」

『固いなぁ。もっとフレンドリーに接してくれてもいいんだよ? 今の僕はちゃんと知性が働いてるから乱暴したりしないし、怒りだって完全に抑えてるんだからさ』

「いきなりは難しいと思いますよ。俺も最初はそうでしたから」

『そういうものかなぁ。ま、それは追々。それよりも灼熱のマイ……灼熱ちゃんでいい? そっか、ありがと。灼熱ちゃんたちの聞きたいことにまず応えようかな』

 3匹のマイケルはヒゲをひくひくっと持ち上げ、青空のネコを見た。今度は見ただけで”落ちる”なんてことはなかったよ。

『僕は大空の神と呼ばれる存在だよ。シエル・ピエタたちからシエルって呼ばれてる。だけどこの名前はむやみに呼んではいけない。これは僕にとって首輪みたいなものだからね。君たちと話を出来るくらいにまで力を落とす……おまじないとでも思ってくれればいいかな。必要以上に名前を呼ばれると、いきなり外れちゃうかもしれないから気を付けてちょうだいね。ああ、そんなに怖がらないでよ。そうだなぁ、何か他に良い呼び方があれば』

 と、そこで茶色いマイケルはビクッとしっぽを立てた。視線が合っちゃった。もちろん、目の形をはっきり捉えたわけじゃなく、そう見えるってだけさ。青空のネコは笑うように首を傾げて、

『茶色ちゃん、僕の呼び方を決めてよ』

 なんて。その言葉に子ネコがどんな反応をしたかなんて話すまでもないよね。

 つい声をあげた茶色いマイケルに青空のネコは、

『ちゃんとした名前だと首輪になっちゃうかもしれないから、茶色ちゃんの見たままで決めてね』

 と有無を言わさず名前をつけてと迫る。一秒、二秒と、ここに無いはずの秒針の音が聞こえて怖かった。あんまり待たせちゃいけないと思ったから服で肉球の汗を拭ってから、

「お、大空ネコ、さま?」

 って。そしたらなぜか爆笑された。

『いいねいいね、まさに見たまんまって感じでひねりも何もないところが気に入った! これから僕がこの姿の時は大空ネコって呼んでね。様はつけてもつけなくてもいいけど……つけた方が呼びやすいみたいだね』

 よくわからないけど、怒られなかったことに安心していると、

『さて』

 と声色が変わる。

『ねぇシエル・ピエタ。僕はこれからどうすればいいかな』

 返事は虚空のマイケルがする。

「まずは事の経緯を教えて下さい。俺も大まかにしか聞いていませんので、出来るだけ詳しく教えていただければと」

『そっかそっか。僕は僕の周りで起こった出来事を詳しく話せばいいんだね。それじゃあ、見てもらった方が早いかな』

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