4-7:疑い

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 果実のマイケルは扉の鍵を閉め窓のところまでやって来て、「こっちこっち」と2匹のマイケルを手招きしたよ。茶色いマイケルたちは顔を見合わせはしたけれど、その手で示されたとおりに窓の外を見た。

「シエル・ネコ・バザール?」

 茶色いマイケルが尋ねる。

 3匹の部屋の窓からは、少し角度をつけるとシエル・ネコ・バザールの遠景が見えるんだ。虚空宮殿からだと縦長の長方形に見えるけど、実際は円柱状なんだって。お店とお店の間を飛び交うネコたちの姿が、磁石に集まった砂鉄みたい。

「今日も肥料を探しに行くと言っておったな」

「そぉ。大空の国に来てからさぁ、オイラ毎日あそこで肥料を探してるんだぁ」

 果実のマイケルはリーディアの実をたくさん育てて空から撒いて、弱った大地を豊かにするって言ってたもんね。毎日頑張ってるんだなぁ……と、そこで違和感を覚えた。

「え、探してるってことは、あんまりないの?」

「うん、あんまりなんてもんじゃないよぉ。全然足りなぁい」

 話しによると、どのお店も品数がとっても少ないらしい。在庫を抱えたお店もあるにはあるけど、中には、たった一つの商品を表に出して、売れたらすぐに閉めちゃうお店もあるって言うんだから、想像するとおかしな光景だよね。

「だがあれだけ多くのネコたちがいるのだから、それなりに賑わっているのだろう」

「そうだよ、今日ボクが見たカツオ串屋さんはいっぱい売ってたよ?」

「あぁ、食べ物系はあるんだよねぇ。足りてないのは土や木や金属みたいな資材系だよぉ。だからほら、屋台の多い下の方はネコたちの動きが比較的ゆっくりだけどぉ、上の方は」

 長方形に見えるシエル・ネコ・バザール。飛び交うネコたちのシルエットを目で追えば、はっきりと分かる。

「ふむ、異様に速いな。果実のいう通りなら、在庫の確認に奔走しているといったところか」

「そそ。どのお店に何があるのか分からないって言って、大慌てなんだぁ」

 そんなに慌てることなのかなぁ。お店をしたことのない茶色いマイケルには少し難しい話かもしれない。

「でもそれだけじゃないよぉ。ここのネコたち、やたらせかせか動いてるって思わなかったぁ? 遠くからだとゆったり流れているように見えるネコたちもいるけどさぁ、近くだとビュンビュン動いてるんだよねぇ」

「あっ、それはボクも感じたかも。空ネコってそういうものかなって思ってたけど、違うのかな?」

「単に果実がすっトロいだけなのではないか、と言いたいところだが、実はワシも感じていた」

 いちいち悪口を言わないで欲しいなぁ、って顔をしている果実のマイケルには悪いけど、茶色いマイケルは別のところが気になった。

「灼熱も?」

 大して速くもなかろう、って言うと思ってたんだ。

「ああ。アップル・キャニオンにもネコの流れの速い場所があるのだが、そこと比べると動きに余裕がない。ただ速いだけではなく、何かに急かされるように動いている感じがある」

「そうなんだよなぁ。こういうネコ混みってさぁ、案外みんなスマートな避け方をするんだけどぉ、ここのネコたちは急ブレーキが多いんだぁ。一日中あの中にいたらわかるけどぉ、猫衝突事故も結構あるんだよぉ。今のところ大けがしたネコはいないって話だったけど……」

「この猫混みとなると玉突き猫もあり得るか。用心せねば」

 それにねぇ、と果実のマイケルの表情はさらに曇る。

「猫だかりになってるお店があったからぁ、何のお店かなぁって覗いてみたらぁ、ネコマッサージ店だったんだ」

「ん? それって変なこと?」

 しっぽを傾げたのは灼熱のマイケルと同時だった。

「んー……変ってわけじゃないんだけどぉ、でもそこで聞いたことはちょっとおかしいよぉ」

 悩むようにして教えてくれたのは、ネコノミー症候群が流行っているということ。ネコノミー症候群っていうのは、その昔、空ネコのミーさんがかかった病気の主な症状なんだって。

 長いあいだ同じ姿勢ばかりしていると足の方に血が溜まって、小さな塊になる。それがふとしたはずみで血管を伝って肺に流れていくと、ちゃんと酸素を取り込めなくなって胸が苦しくなるんだって。命を落とすネコもいる恐ろしい病気なんだ。

「確かに、空では移動する際、あまり身体を動かす必要はないが……」

「それならぁ昔からネコノミー症候群が流行っててもおかしくないって言いたいんでしょぅ? そうなんだよねぇ、流行ってるのはここ最近の事らしくてさぁ、一体どうしてって思ったから、マッサージしてくれたネコさんに聞いてみたんだぁ」

「お前、ちゃっかりマッサージしてもらってたのか」

「あふふ、そりゃあ一日中空を飛びまくってるんだから心配になるじゃなぁい? ネコノミー」

「それで、店員ネコはなんと?」

 だけど結局、店員ネコさんはその理由を教えてくれなかったらしい。マッサージを受けていた果実のマイケルが「立ったままマッサージするなんてぇ珍しいよねぇ」って言ったら店員ネコさんの目つきが変わって、「あなた、ここらのネコじゃないでしょう」って言ってすっごく不機嫌になったって。

「そうだよぉ、って答えたんだけど、そしたら『本当ですかぁ? ウソをついてるわけじゃないですよねぇ?』って言われたんだぁ。意味わかんなくなぁい? 自分から聞いたことなのにぃそれ自体を疑うって。目ぇ怖いしさぁ。しかもマッサージが終わって『ありがとぉまた来まぁす』って言ったら、『本当ですかぁ?』って契約書を書かされそうになるしさ。怖くなって慌てて出てきちゃったよぉ」

 その話を聞いて『あの目』を想像したのは茶色いマイケルだけじゃないと思う。灼熱のマイケルを見ればアゴに肉球を当てて「ふむ」と考えこんでたよ。

「そういえば2匹はもうご飯食べたぁ? ご飯もさぁ、そろそろちゃんと椅子に座って食べたいよねぇ。外のお店も立ち食いばっかりだしぃ、それこそネコノミー症候群になっちゃうよぉ。寝転がって食べるくらいでちょうどいいかもぉ。あふ……ふぁあああ!?」

 突然の叫び声に2匹のマイケルは毛を逆立てしっぽをピンと伸ばした。リラックスし過ぎてたみたいで周りのことが見えてなかったんだ。だってね、茶色いマイケルたちのすぐ隣、窓の外にいる子ネコにすら気づかなかったんだから。

「驚かせてすまない。もうすぐ接続の準備が整う。時間も時間だがすぐに来て欲しい」

 頭に直接響いてくる声は少し疲れていた。だけど窓の外からこちらを見る目は3匹の挙動をわずかでも見逃すまいとしているみたいに、ギラギラと輝いていた。

 日は沈み、夜空にぼんやりと、騙し絵みたいな虚空のマイケルが浮かんでいる。

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