4-4:安心

***

 シエル・ピエタの王様ネコは茶色いマイケルに色々な質問をしたよ。

 住んでる場所やお母さんネコの事、それから特に仲良くしている子ネコたちやどんな遊びが好きかとかね。楽しかったことや怒っちゃったことなんかも聞かれたな。難しい質問じゃなかったから茶色いマイケルとしてもひと安心さ。

 ただ、王様ネコはずっと笑顔なんだけど、どこかちょっぴり怖い感じがした。成ネコだから? それとも威厳があるからかな? 深い瞳の奥から別の目でのぞかれているようで、ソワソワするしっぽをじっとさせるのが大変だった。

 ずうっと質問に答えてばかりも大変だから、隣に助けを求めようとしたんだけど、虚空のマイケルもやたら真剣な目でじっと見てるんだ。ちらっと隣を見たら瞳孔の開いた目で見つめられてるって、ちょっとしたホラーだよ。広々とした王室にいるっていうのに、小さな箱に詰め込まれた気分だった。

「父上、そろそろ茶色いマイケルを部屋に案内しようと思います」

 そう言ってくれたのは茶色いマイケルの眉ヒゲがしなしなになった頃だ。ちょっと遅すぎるよって言いたかったけど、王様ネコの残念そうな顔を見たら、あと一時間くらいは話せる気がしてくるから不思議だよね。そんなに話し相手がいないのかなぁ、王様ネコって。

 丁寧にお辞儀をして王室を出たあと、辺りに誰もいなくなったところで、

「すまなかったな、話し好きな父なんだ。悪く思わないでくれ」

 と虚空のマイケルは困ったような顔で話しかけてきた。

「そんな! すっごく緊張してたからたくさん話しかけてくれて助かったくらいさ」

「そうか? どことなく疲れているような気もするが」

 じっ、と目が大きくなる。うっ、と身を引く茶色いマイケル。

「空から落ちたり猫混みに揉まれたりしたからね。宮殿にくるのだってボクには初めての経験なんだからそりゃあ疲れもするよ。ただ」

「ただ?」

「だからかなぁ、あんな風に話しかけられると、ここが宮殿だっていうのを忘れちゃいそうだった。なんていうか、安心できたな」

「安心!? ここが!?」

 えっ、と茶色いマイケルがしっぽを立てたのも無理はないんだ。聞き返す虚空のマイケルは大げさなくらい驚いていたんだからね。晩御飯抜きって言われた時の果実のマイケルくらい驚いてた。それからまた、瞳の奥を覗き込むような目。空のネコってそういうものなのかもしれないな、茶色いマイケルも真似するべきか考えた。

 困惑が顔に出ていたのか、エメラルドグリーンの瞳がパチリと閉じられる。虚空のマイケルは歩いている方向を向いて、

「そう言ってくれると俺も嬉しいよ。何か粗相があってはいけないと気を張っていたからな」

 ニッと持ち上がるマズルには品の良い笑いが浮いていた。真面目な子ネコなんだなぁって茶色いマイケルは感心した。歩き方も恰好いいしね。

「茶色でいいよ?」

 だから急にこんなことを言っちゃったのかもしれない。

「ボクもキミもマイケルなんだしさ、茶色って呼んでいいよ? 他のマイケルたちともそういう事にしてるんだ」

 虚空のマイケルは、ああ、と話に納得していた。だけど、

「俺は今のままでいいんだ。これが慣れてるからな」

 って断られちゃった。そうだよね、王子様ネコなんだもんね。

「もちろん茶色いマイケルたちが俺を呼ぶときは好きに呼んでくれて構わんぞ? 確かにマイケルがマイケルにマイケル呼びをするというのも違和感があるからな」

 すかさずそう言ってくれるところなんかは、灼熱のマイケルっぽくて、自然とニヤケちゃうね。

「うん、そうするよ、ありがとう虚空!」

 一通り部屋の説明をしてもらって、晩ご飯やお風呂のことを聞いた後、

「俺はこれから仕事があるから、他に分からないことがあれば灼熱のマイケルや果実のマイケルから聞いてくれ。彼らももう少しで帰ってくるだろう」

 って言って部屋の前で別れようとした。ちょうどそこでだよ、

「茶色か! 随分遅かったようだが健在か!?」

 って、王様ネコよりも王様ネコっぽいしゃべり方をする子ネコの高い声がした。見れば廊下の奥に、燃える炎のような毛をぐっしょり濡らした子ネコが、競歩くらいの速さでくねくねと近寄ってくる。

「灼熱!」

 声をあげて寄っていき、しっぽをクロスさせて叩き合った。茶色いマイケルにしてみればそんなに久しぶりじゃないんだけど、色々あったからかな、久しぶりのような気もしていたんだ。

「だいぶ早くに来てたみたいだね、元気だった?」

「ああ、もうこの通り、毎日修業をして鍛えておるぞ」

 シュシュシュッと軽く繰り出したネコジャブが、ボッボッと重い音を立てて廊下に響いた。ネコの出せる音じゃないよね、ちょっと引いちゃう。

「そ、そっかそれは良かった。今日からボクもここに泊まらせてもらえるみたいだから、どうぞよろしく」

「クハハ、何を今さら。だが、あい分かった。では早速案内してやろう、まずは風呂だ。ワシが入りたいからな」

 えーお風呂かー、ここの風呂はすごいぞ、なんて他愛ないやりとりの中、茶色いマイケルはようやく猫心地がついた気がしたよ。知ってる顔と声があると気が休まるよね。

 そんな2匹の話がひと段落したのを見計らって、虚空のマイケルは笑みを浮かべながら、

「茶色いマイケル、灼熱のマイケル。それではまた」

 と2匹に軽く手を振ってその場を後にした。

「うん、またねー、虚空」

「ああ、またな。虚空のマイケル」

コメント投稿