(99)8-17:雷雲の罪 前編 二大派閥と、暗い部屋のライオン

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 オセロットは今にも倒れそうな身体を支えられながら背筋を伸ばし、震える前足を地面に突き立てた。銀色の土が足先を埋めている。

『巻き添えをくわせてしまっているのだ』

 両脇から支える雪雲ネコさまと雪崩ネコさまは、その言葉の意味と覚悟を、茶色いマイケルが耳にするよりも重く受け止めているらしい。2匹は下を向いて口をつぐんだ。

 雷雲の神。

 それはようやくの思いでクラウン・マッターホルン登頂を果たした子ネコたちの前に現れた神さまだ。

 顔だけでネコの何倍もある巨大なライオンは、紫電のたてがみをびっしりと生やし、その器の中につめ込まれた黒雲にはピシピシと細い雷がいくつも走っている、まさに雷雲。

 雷雲ネコさまは子ネコたちを見つけると話しかけてきた。威厳を漂わせ、けれどたちまちに豹変し、嘲って、雷の矢でもてあそんだ。

 雷撃。雷蛇。球雷と、威力はどんどん上がる。子ネコにとってはそのどれもが凶悪な攻撃で、『神世界鏡の欠片』を使っていなければやられていただろう。なんとか抵抗して谷底へと撃退したと思ったら、無口な黒神ネコになって戻ってきて……。

 ――俺は雷雲だ。

 茶色いマイケルは目の前の神ネコさまをまじまじと見る。

 スラッとした肢体にこぶりな顔だ。骨ごと噛み砕けそうな大きなアゴはない。嘲りのにじんだ高笑いもない。むしろ何度も助けてくれた。確かに、言われてみればどことなく似てる部分もなくはないけど……。

『オメーが雷雲ってよー、どーゆーことなんだよ』

 考えに浸り込んでいた茶色いマイケルの肩の上で、行儀よく座った風ネコさまが静かに問いかける。オセロットはゆっくりと『順に話そう』と言った。

『雷雲はもともと、一等神だった』

 風ネコさまがハッとする。茶色いマイケルを見て、喉まで出かけた言葉を飲み込んだらしい。ゴクリと聞こえた。

『一等神というのは力のある神だ。限定した場に引きずり込んで戦えば、特等神を相手にできてしまうほどにな。しかし雷雲の神は強大な力を持ちながらもさらに力を欲した。ヤツはまず大空の神に派閥を作ることを提案したんだ。それはすぐに了承され、まもなく大空の神を旗頭に、雲の神をはじめとする空の勢力をまとめ上げていった』

「それって力を求めてだよねぇ? 自分1匹の強さにはこだわらなかったんだぁ」

 果実のマイケルの言葉には妙な沈黙が返される。

『雷雲は、仲間を集めるかたわらで大地の神のところによく顔を見せていた。焚きつけていたのだ。『大空はこれだけ勢力を拡大しています』と示すことで大地の神を焦らせた。大空と大地の仲は悪くはないが、先を行かれるのは面白くない。そういう関係だったからな。大地も派閥をつくる運びとなった』

 大空派閥と大地派閥。両者はあわあわのレースでも競い合い、力をさらに大きくしていったという。そこに雷雲ネコさまは、さらなる目的意識を放り込んだ。

「大神ですか」

 虚空のマイケルが言った。

『そうだ。いくら両派閥が勢力を増したところで、星にねむる地核の神や磁界の神とは比べようもない。しっぽの一振りで蹴散らされてしまう』

「それほどとは……」

『そこで雷雲は、大空と大地、両者の目を地中へと向けることで肩を並べさせ、地表派閥をまとめ上げたのだ』

 地表派閥。大空と大地と、全ての神さまが一眼となって同じ目標に向かうための組織だ。

「それだけ聞けば功労者だな」

「乱暴だったのにぃ。ちぃっとも想像できないよねぇ」

『そう思うのも無理はない。勢力拡大に対するヤツの情熱は本物だったからな』

 誰よりも献身的だったという。

 はぐれた神に声をかけ、一等神であろうと細神であろうと丁寧に説明をし、納得を引き出し、派閥に引き入れた。大空派閥の神さまの数は茶色いマイケルが知るよりも遥かに多いのだとか。いくら神さまとはいえどれほどの労力だったろう。そんなこと、よほどの想いでないとできないだろう。

 しかし、とオセロットは声を暗くする。

『雷雲をつき動かしたのは、あくまで力への執着心だった。力が欲しいという並々ならぬ思いはいっそ、執念ともいえる』

 ――暗い部屋。

 巨大なライオンがテーブルを挟んでイスに座り、大きな口をあけてニンマリと笑いかけてくる表情が頭に浮かんだ。

 ライオンは立派なたてがみをピシピシと瞬かせながら、

 ――実は、あなた様のお耳に入れておきたい話がありまして。

 そう声をかけてくる。満面の笑みで。いかにも親切心に突き動かされたという勢いで流れるように話していく。話の流れに乗せていく。

 だけど、その大きな口の奥の黒雲からはこんな声が聞こえてくるんだ。

 力が欲しい……力が欲しい……

 その声は切実だった。真摯であればあるほど背筋が寒くなる。

 ――あなたも派閥に入りませんか?

 茶色いマイケルは耳元で囁かれた気がしてぶるりと震えた。

『飢餓にも似た執念はヤツに、周りをだまし、陥れてでも力を求めろと囁きかけた』

 オセロットが口を閉じる。視線は左隣で自分を支える雪雲ネコさま、それから樹洞の入り口で外を見張っている吹雪ネコさまへと向かった。見れば白いピューマの尖った耳もこちらを向いている。

 なんだろう。

 不思議に思っているとコドコドたちが雪雲ネコさまのそばへと寄ってきて、身を寄せた。

『あん時のやつかー』

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