(79)7-13:『大規模殲滅戦闘』

***

 しなる六本の『ネコ牛刀』。

 名前のとおり薄く鋭利に鍛えられた刃の形をしている。それでいて鞭のしなりもあった。切れ味はバツグンで、骨を断つ音すら聞こえない。

 ただの一薙ぎだ。

 たったそれだけで20匹近いネコの首が飛んだ。

 ごぷっと一瞬、真っ赤な噴水が立ちのぼり、周りを囲むネコ救世軍の白い装いを鮮やかに染めあげる。

 首から首へと滑らかに流れていき、一閃一閃から「ただのひと薙ぎでも効率的に」という絶対の意思が感じられた。赤を浴びたネコを目印に、休むことなく振るわれていく。

 艷やかで艶めかしい命の色。考える頭をなくした身体はびたびたと躍動し、赤い飛沫をまき散らしながら膝(ひざ)を折って肩と腕とを踊らせた。

 それでも狂信者ネコたちは止まらない。ネコ・グロテスクである彼らは、「ネコであり」「敵対するもの」なら相手がどんな姿形であっても命を惜しまずに襲いかかる。どれだけ赤く染まっても止まることなく襲ってくる。なんなら頭を失っていても前のめりに抱きつこうとしているくらいだ。

 ニャオーン ニャオーン ニャオーン

 ニャオーン ニャオーン ニャオーン

 ニャオーン ニャオーン ニャオーン

 野太い声で『ニャオーン大合唱』を続ける7000匹近いネコ救世軍。ネコソルジャー・デスは超巨大スラブ一杯の真っ白なカンバスに、太い絵筆で荒々しく赤を引きながらその場所へと真っ直ぐに向かってきていた。

***

 空中には霧が立ち込めていた。

 一帯をうすく覆う『金属の霧』とは違って色は赤い。そして生温い。

 茶色いマイケルたちは芯を使って浮かびながら、衰弱した神ネコさまたちの身体から『ミニメカネコ』をつまみ取ってあげているところだ。つまんで放るだけだし難しい作業ではない。

 ただし順調とは言えなかった。下にいるネコ救世軍たちは次から次へとミニメカネコを投げてくるし、子ネコたちは片手で口と鼻とを覆っていたからね。しかも嗅ぎたくもない臭いで何度もえずいている。

 生臭い鉄のにおいは腐った魚からとろりと垂れる汁のそれとよく似ていて、頭をクラクラさせ、こみ上げる吐き気で胸を痺れさせた。

 茶色いマイケルは全身の毛を逆立てて、涙目になりながらも懸命に雪雲ネコさまの身体からミニメカネコをつまみ取っていたよ。

 だけどやっぱり気にはなってしまうんだ。そして視線を送るたびに震えてしまう。

「あまり見ないほうがいい。このままいけば少なくとも1つの懸念は解消される。それまでのガマンだ」

 同じく雪雲ネコさまに向かう虚空のマイケルが早口で言った。

 赤に赤を重ねて突き進むネコソルジャー・デスは、板上を走る電動糸ノコギリみたいにまっすぐとソレを目指している。

 子ネコたちの浮いている場所の、その少し手前。他とは肉付きの違う屈強なネコたちに囲まれた、ネコ救世軍のリーダーネコをだ。

「味方かどうか分からないというのが困ったものだな。あの武器、下手をすればここまで届きそうな刃じゃないか」

 茶色いマイケルたちのいる空中までは10メートルもない。ネコ牛刀の長さは6メートルくらいだけど、やりようによっては余裕で届いてしまう距離だった。

「この『合唱』が止むと同時に動けるようにしておかないとな」

 すると灼熱のマイケルが、口を手で覆ったまま顔を歪めて笑う。

「クク、果たして首魁ネコの首一つでこの『大合唱』が止むかどうか」

「い、イヤな予感とかぁそういうのやめてよねぇ」

 果実のマイケルの抗議と同時、合唱がひときわ大きくなった。茶色いマイケルの目の前で、ミニメカネコを咥えたままの風ネコさまがサッと後ろを振り返る。

 ニャオーン ニャオーン ニャオォォォォン

 ニャオーン ニャオーン ニャオォォォォン

 ニャオーン ニャオーン ニャオォォォォン

 ついに『ネコ牛刀』の刃がリーダーネコに迫ったらしい。今までにない雄叫びに背中を押されてか、狂信者ネコたちが絶叫しながら走り出した。そして一斉にネコソルジャー・デスに飛びかかる。

 ォォォォォォォォォォォォ……

 おびただしい数の赤が噴き上がり、半径20メートルくらいの楕円にぶちまけられた。超巨大スラブが真っ赤な口を開けて叫んでいるみたいだ。赤い霧が濃さを増す。

 ネコたちの突撃は一部で成功していたらしく、少なくない数のネコが生きたまま躯体に取りついている。ネコソルジャー・デスはそれらを振りほどこうと機械の足をバタつかせ、ネコ牛刀を振り回すけれど思ったようにはさせてもらえない。なにせ相手は恐れを知らない狂信者ネコたちだ。腕を失えば足で、足を失えば牙で、首を失ってもしっぽで纏わりついて、少しずつ少しずつ動きを縛ってくる。そこへ、

「でてきたな」

 リーダーネコを守っていた屈強な体格のネコたちが飛び出してきた。100匹はいるだろうか。他のネコたちと比べて首から腕にかけてが異様に太く、まるでゴリラの体形だ。身のこなしは2倍も3倍も機敏で、先頭を走る1匹が今、ネコ牛刀の刃の腹を殴って弾きあげたよ。とんでもない運動能力も備えているらしい。

 ブルンと太いゴムのしなる音がした。

 ニャオォォォォォォォォォォォォ!!

 沸騰する大歓声。たった一撃弾いただけで天地をひっくり返すほどの大騒ぎ。それはある意味で羨ましいくらいの一体感だった。弾いたゴリラネコはすでに中身をばら撒き、躯体に飾りつけられてしまったけれど、第2第3のゴリラネコが現れ、戦いは一進一退に――。

「うっ……」

 ただし大戦の殲滅兵器は伊達じゃない。

『超至近距離駆除モード……展開。殺猫剤合成:ネコ液状化促進液……生成……プロセス完了。散布します』

 その光景を見て子ネコたちは一斉に毛玉を吐いた。胃液もだ。まともに動けなかった雪雲ネコさまが慌てて避けて大事には至らなかったけれど、真下で『ネコの爪』を振り回していたネコ救世軍が顔面に浴びた。

 薬剤がどう散布されたのかは分からないんだ。散布音も色も臭いもしなかったんだからね。見えたのは結果だけ。

 最初、ネコソルジャー・デスにはたくさんのネコが纏わりついていた。ネコだけじゃなくてネコだったもの、ネコの中に詰まっていたものがこんもりと、山のようにこびり付いていた。水分を吸収する長い管、食べ物を溶かす丸い袋、身体を支えているゴツゴツした連なりや、見る部分に聴く部分などなど……。度重なる飛沫を浴びて、真っ赤に染まって乗っていたんだ。

 それらが急に溶け出した。ぶくぶくと噴き出した赤い泡が弾け、とろりとした音を立てて飛び散った。ネコたちの身体は崩れていき、息のあったネコたちはひどい叫び声をあげながらずぶずぶと沈むように形をなくす。

 だめだ、集中しろ。

 茶色いマイケルは必死に手元のミニメカネコに集中しようとしたよ。指先ほどの小さな金属の塊は、首根っこをつまむとすぐに噛みつくのをやめるからカンタンに引き剥がせる。それをポイと遠くへ投げて次のミニメカネコを探して取る。それを繰り返していればいい。

 けれどそうは思っても目がそちらへ引きつけられた。べちょべちょとぬめった音をたてながら、ずるりとお肉の落ちる動きが目の端へと滑り込み、

 ――ぼうや、こっちを見てごらん。

 って誘ってくるんだ。

***

 ニャオーン ニャオーン ニャオーン

 ニャオーン ニャオーン ニャオーン

 ニャオーン ニャオーン ニャ……。

『あっ、身体が軽く――』

 ニャオーン大合唱が止んだのは間もなくだった。間髪入れず、

「進むぞ!」

 灼熱のマイケルの声が盛大に響き渡る。神ネコさまたちはすぐさまお互いの無事を確認し、

『行けるぜワシネコ!』

『『ワシネコー!』』

 顔を上げたよ。

『白い群の8匹』『雲派閥の4匹』『3匹のクロヒョウ』。弱ってはいても誰一匹として欠けてない。ネコ救世軍からはまだミニメカネコが投げられているけれど、下を見て慎重に対処しながら進めばきっと出口に――。

「「「ちゃいろぉー!!」」」

 ハッとして頭を下げるとゴムの音がした。頭の中を揺らす太い音。極厚のゴムを弾いて鳴らしたような奇妙な共鳴音。あるいは巨大な蜂の羽音。

 ネコ耳のすぐ上を高速で通り過ぎたそれは、風音さえ切り裂く鋭さで躯体の元へと戻っていった。

 ギリギリだった。

 子ネコたちの叫び声がなければ茶色いマイケルの首はすぱんと切り落とされていたかもしれない。

『なっ!? あいつオメェらの仲間ネコじゃねぇのかよ!?』

 雪崩ネコさまが驚愕するのも当然だ。茶色いマイケルの耳上をかすめたのは赤黒くて靭やかで鋭利な刃『ネコ牛刀』だったんだ。

「ほらぁ! やっぱり灼熱が変なこと言うからぁ!」

「うるさい、ワシの軽口は関係なかろうさっさと進むぞ!」

 するとそこへ差し込まれるように、機械の音声が子ネコの耳に入ってきた。

『ターゲットネコ確認……対象:個体名『茶色いマイケル』』

「なっ、なななんでボク!?」

コメント投稿