(67)あわあわの幕間:リーアの弱さ① 壁と器

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 ギャーギャー喚いている子ネコだった。

 芸術都市メロウ・ハートという華の中に生まれた私は、そのことだけで周りからはちやほやされ、将来を嘱望された。それが嫌だったわけじゃない。

 向けられる笑顔は私の顔を上げ、寄せられる期待は推進力となって背中を押した。

 ただ、狭苦しくはあった。

 キレイな枠の中でだけ生きろと言われているようで、周りの建物がすべて壁に見えてくる。私の心はもっともっとと溢れたがっているのに。

 だから私はギャーギャー喚いて、日夜ママネコを困らせていた。

「こらリーア! あなたまた美術館の作品で遊んだんですってね」

「そうなの! 見たことない塔のオブジェが置いてあったからみんなで『通りっこ』したの。しっかりした作りなのに隙間がたくさんあってオモシロかったわ! カラバだけ身体が大きくて通り抜けられなかったから、みんなで引っ張り出そうとしてたら見つかっちゃったけどね」

「けどね、じゃありません。そんなことして壊してしまったらどうするの!」

「壊したけど大丈夫よ! あれを作ったネコならきっと有名になるから、1つや2つくらいどうってことないわ」

 キィッ! と頭に血を昇らせてつかみかかるママネコ。その手をさっと躱して脇を潜り、キャーキャー言いながら外に逃げ出せば、温かな夕暮れの中、いつもと同じ顔ぶれがあった。

 やんちゃで背の高い黒白ネコの『カラバ』。気弱で耳のとがった赤サビネコの『グリューズ』。そしてリーダー気質の黒サビネコ『アルド』だ。

「お、リーアが出てきたぞ……って、やべっ、ママネコさん怒ってるし! ちゃんと話してきたんじゃないのかよ!」

 カラバが私のうしろを見て慌てだす。

「やばやば! 怒られちゃうよぉ」

 グリューズがとがった耳を両手で押さえて全身で困ってみせる。

「泣きべそかくなよグリュー。仕掛けはしといたよ。こっちだリーア!」

 アルドの鋭い手招きで、4匹は一斉にその場から、消えた。追ってきたママネコは「もう、またっ!」と辺りをキョロキョロ見回しながら、大きなため息をついて来た道を引き返していった。

「……行ったぁ?」

「行った行った。安心しろグリュー」

 4匹が潜り込んだのは赤レンガの壁の中。実はそれと似せて描いた大きな絵を、柱と柱の間に立てかけただけだった。似たようなレンガ壁の多い街の中、しかも夜の始まる時間とあっては、一目だけでは見分けがつかない。

「やっぱりグリューの絵最高! 画家ネコになれるよ!」

 私が褒めるといつもグリューズは顔を隠す。

「ったく。どうせちゃんと説明してないんだろ。作者ネコも喜んでたって言えば『それは良い事したわね!』ってケーキでも出してくれたんじゃないか?」

「ちょっとカラバ、ママネコはそんな喋り方しないわ! 言うとしたらこうよ。『そんなこと言ってもダメなことはダメなの!』」

 3匹の笑い声にムフーと息を吐く私。そこへ急に真面目な顔をつくったアルドが、

「よし、観に行くか」

 と言う。私たちは企み事に成功した悪党ネコの笑みを浮かべ、その赤レンガの建物へと入って行った。

『メロウ・ハート円形野外劇場』

 赤レンガの建物は、そこに併設されたチケット売り場だ。裏口から中に入ると、ふかふかのソファに腰掛けて、休憩しているサビネコの姿があった。身体の大きなミアキスさん。独身ネコ。

「やぁ、また来たね。まったく悪い子ネコたちだよ毎日毎日タダで見ていくなんて。これじゃあ私の商売あがったりだ」

「「「「月給じゃーん!!」」」」

 ミアキスさんはいつものように「そうだったそうだった」とお腹をポンポン叩いて笑っていた。

「さ、もうすぐ開演だ。誰にも見つからないようにね」

 みんなで口元に指を一本立てる。案内されたのは分厚い扉のある奥の部屋。そこは円形野外劇場の地下へと繋がっていた。

 扉を潜り、息を潜めて太古の迷宮を抜けていく。すると、その先には別世界がまっているのだ。

 ――心揺れる月明りの真下、難しい顔で議論を交わすかつての賢猫たち。英雄ネコは遥か彼方を夢見て心のままに世界を駆け抜ける。巨竜にさらわれた姫ネコは少し頼りない勇者ネコをしっぽを伸ばして手助けし、そして仮面の怪猫は望むべくもない愛を求めて滅びゆく……。

 舞台の上には全てがあった。すべてがあって、壁がない。心と身体を隔てるものが何もなかった。

 ここでなら剣を振り回しても怒られない。急に歌いだしてもヘンじゃない。泥に塗れてぐしゃぐしゃに泣いたっていい。空だって飛べるし雲にも乗れる!

 小さな子ネコの身体から溢れだす創造力を、

『これだけしかないのかい? もっと楽しんでいいんだよ』

 と、とてつもなく大きな器で受け止めて貰えた。そっと涙が出た。劇場を出る頃にはいつも胸が一杯で、小さな私たちは、すっかりこの場所に魅了されていた。

 ……成ネコになってから知ることなのだけど、劇場地下への隠し通路はチケット売り場以外にもいくつかあって、メロウ・ハートに住む子ネコはみんな、

『内緒だけど観ていくかい?』

 とミアキスさんのようなネコに誘われる。イタズラ好きの子ネコたちはまんまと成ネコたちの思惑通り、しらずしらずのうちに英才教育を施されているというわけだった。

 ママネコもそれを知っていてあの振る舞いをしていたというのだから、大した役者ネコだ。

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