(66)7-8:熱光線と裏切りと

***

 『あくび光線』の前兆を見てすかさず動いたのは茶色いマイケルだ。タッと飛び出し光を弾くつもりが「だめっ!」とリーディアさんに首根っこをつかまれた。子ネコは後ろに放られ、代わりに彼女が前に立つ。

「「「下がって下さい!!」」」

 今度は『護衛ネコ』たちがもっと前に出て手を広げる。さらにさらに灼熱のマイケルも前に飛び出すと、地面をえぐるほど沈み込んでネコアッパーカットを繰り出した。それは最前列にいた護衛ネコたちの目前に、何百もの『メタル・カットス』たちを高波みたいにぶわっと立ちのぼらせたんだ。

 高くぶ厚い『メカネコの壁』。直撃するあくび光線。

「や、焼けてるぅ!?」

「高熱だ! 火傷では済まんぞ!」

 メカネコの壁がじゅっと溶け、真っ赤な金属をボタボタと垂れ落とした。しかしまだ終わらない。右へならえとばかりに複数のメガロ・カットスたちが『熱光線』を放ってきたんだ。しかも中には、

『あっ……!』

『冷気姉ぇ!?』

 神ネコさまを弱らせる『あくび光線』も混ざっていてメカネコの壁をすり抜けてくる。透明なピューマがその場に沈みこんだ。

「守りきれん! 神を中に! 隙間をなくせ!」

 『熱光線』は続けて放たれることはなかったけれど被害は大きい。冷気ネコさまの他にも、クロヒョウ1匹とジャガーネコがぐったりと弱っている。なにか手を打たないと、と焦る中、目に光を溜めたメガロ・カットスが子ネコたちをギャンとにらんで――

 ――構わずリーディアさんが声を放った。

「キャティ!!」

 言ってしまえばただの声。なのに肉球を舐めていたすべてのメガロ・カットスたちが怯んだように動きを止めた。

『使え!』

『吾のもだ!』

 その一瞬で大きく動く。リーディアさんが両手を掲げると雲ネコさまと大河ネコさまの権能が発動、大量のメタル・カットスたちが薄い水膜でコーティングされながら宙に持ち上がり、子ネコたちの周りをぐるんと取り囲む。遅れて全方位からあくび光線が放たれたけれど半分はメカネコの壁で遮った。残り半分の光は水膜で減衰させ……。

***

「平気ぃ!?」

 果実のマイケルは忙しなく見回して神ネコさまたちの無事を確認していた。メタル・カットスの波はまたゆっくりと、失った分を補うように押し寄せてきている。茶色いマイケルは隣にいる鬼ネコ面を横目でうかがっていたよ。ひりつく空気を身にまとい、すっと背を伸ばしてその向こうをじっと見つめて黙って佇んでいる。まるで別猫みたいな雰囲気だった。

 ふと、絶え間ない雑音のほんの一瞬の隙間を縫って、

「どういうつもりなの!」

 リーディアさんは怒りを湛えた声を飛ばした。まるで声の通り道が見えるようだった。するとその先から、

『災難だったねぇ。けど、言いがかりはやめとくれ』

 ノコギリの刃を引くような声がした。拡声器かなにかを通しているらしく『ヒッヒッヒ』と脳みそを引っ掻く笑い声が一帯に響き渡る。

『だけどそうだねぇ、残念だ』

 声色が変わった。ねっとりと粘り気のある言い方だ。

『残念だけど、どうあってもアンタとアタシとでは反りが合いそうにない。教育の邪魔をするわウチの新入りどもをたぶらかしてごっそり連れて行くわで、いい加減鬱陶しくなってきたからねぇ。肩を並べるのも限界ってものさ』

「……初めからそのつもりだったみたいね」

『セリフってのは、台本が用意してあるもんなんだろぉ? ――おいアンタたち! あのメスどもが裏切ったよ、圧される前にやっちまいな!』

 メカネコの海の中、正気とは思えない叫び声が湧き上がる。マタゴンズたちは向きを変え、超巨大スラブの真下で踊り続けている『ネコソルジャー・デス』たち目掛けて一斉に走り出した。

「やめなさいっ!」

 だけど今度の声は届かない。

 雷鳴だ。

 雷が鳴ったと同時、一本の稲妻が空から大地へと突き立ったんだ。紫色の放電が蜘蛛の巣のように広がって無邪気に踊っていたネコソルジャー・デスへとまとわりついた。

「動きが遅くなってる!?」

「熱か!」

 そこにマタゴンズが殺到。またたく間にネコソルジャー・デス数体が泡になる。それを見てハチミツさんとコハクさんが超巨大スラブの頂上から飛び降り、やめさせようとするけど勢いは止まりそうもない。

「リーディアさん、彼らを助けてその足でここを抜けましょう。キャティもマタゴンズももはや正気じゃない!」

 メタル・カットスを追い払っている護衛ネコの1匹が声を投げてきた。他のネコたちもぐっと拳を握って前のめりになる。

「そう、ね」

 リーディアさんはしっかりとうなづき、けれどすぐには動かなかった。

「ねぇ、雲の神さま。この場所を抜けた先にもネコ・グロテスクは出るのかしら」

 すると真後ろにいた雲ネコさまの気配がすっと薄くなる。わずかのことだ。すぐにまた戻ってきて、

『いいや。前の街に残っている可能性はあるが、先にはいない』

 確信を持って答えていたよ。

「ありがとう」

 彼女は白い神ネコさまたちを振り返った。そこにはぐったりと横たわった透明なピューマと子ユキヒョウ。すぐそばにはクロヒョウとジャガーネコ、それからまだ意識を取り戻せていないオセロットもいる。リーディアさんは雲ネコさまと大河ネコさまと目を合わせるとほんの少し、本当に少しだけアゴを引いてうなずいた。口を開いたのは雲ネコさまだ。

『この神たちは先に連れ出すべきだな。チームマイケル、手伝ってくれるか』

「もちろん!」

「任せて任せてぇ!」

『運ぶのはアタイらにもできっからな!』

『『できっからな!!』』

『おい雷雲の使いっ走り! オメーらも連れてってやるから手伝え!』

 クロヒョウたちは相変わらず黙ったままだった。ただ、

『お前たちも一緒に行くといい』

 雲ネコさまが言うと雪崩ネコさまに向き直って、ペコリと頭を下げた。

『すまんがうちの』

 と口を開いたのは大河ネコさまだ。コドコドたちの答えはそれよりはやい。

『ジャガーネコも連れてってあげるー!』

『声が低いけど黙ってるならいーよー!』

『……すまねぇな、嬢ちゃんたち。恩に着るぜ』

『『あーん、しゃべっちゃヤダー!』』

『あとは……』

 神さまたちのよそよそしい視線がオセロットの神ネコさまへと向かう。

「大丈夫だよ、みんな連れて行くから! それより雲ネコさまたちは?」

『私たちにはまだやることがあるからな』

 巨大メカネコはまだまだ残っている。倒れはするものの完全に壊れたのはわずからしい。

『上が戦っているのに先へ行くわけにはいかんよ』

 フードの中の風ネコさまが『めんどくせーやつらだなー』とつぶやいた。

「じゃあ、安全なところを見つけたらすぐ、ボクたちも戻ってくるからね」

 苦戦の声の響く中、茶色いマイケルはできるだけ明るい声で言ったよ。見れば劣勢は明らかで、ネコソルジャー・デスを泡にするたびマタゴンズの勢いは増している。

 それでもハチミツさんやコハクさん、味方になった元マタゴンズのネコたち、リーディアさんとは合流できるはずだ。だから励ます意味でも声を弾ませたんだけど、

『それには及ばんよ。我が盟友ネコも覚悟を決めたようである』

 重々しく、大河ネコさまが言い切った。そして、

「ここでお別れね」

 リーディアさんが、ゆっくりとお面を外す。

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