(51)6-17:『史上最悪の殺猫兵器』

***

 始まるって、なにが……。

 茶色いマイケルの視線の先。トムとチムがバネを効かせてタッと後ろへ跳ぶ。すると間もなく、2匹に挟まれていた『ネコソルジャー』が、地面に両手足をついて四つん這いになった。

 ただしその両手足というのは『猫鎧殻』についていた金属パーツの方だ。兵士ネコのものではない。じゃあ、兵士ネコの手足はどうなっているかと言うと、くたびれた毛糸のように、だらんと地面に垂れている。

 それが回りはじめた。

 ネコソルジャーの胴体部分が高速で、糸を巻きとるように回転しだしたんだ。まるで限界を超えたミキサーみたいな甲高い音をそこら中にまき散らしながらネコの目にも止まらない速さで回ってる。聴きたくもない音がたくさん混じっていて、茶色いマイケルは足をガクガクと震わせたよ。

「今のうちに、なんとかできないの?」

 声はリーディアさん。路地の出口からサビネコ兄弟に向けて問いかける。

「今はマズイんだ。『ネコソルジャー・デス』への移行中に近寄ると『殺猫剤』を一帯にまきはじめる。その薬剤には強い神経毒があるからね、一息吸っただけで泡を吹いて動けなくなるんだ」

 コハクさんの声には確信があった。

「で、でもぉ、だったらなんでネコソルジャーはそれを使わないのぉ? 使われたら困るけどさぁ、ここにいるネコ全員を相手にするならぁそれが一番てっとり早」

「もったいないからさぁ」

 上からドスンと乗っかるように、キャティが声を被せる。

「殺猫剤を神経毒として使うなら、高濃度でまく必要がある。だけど圧縮空気に薄めて放てば、何百とネコを殺せるからね、あまり使いたがらないんだよ。ヒッヒッ」

 そこでまた、茶色いマイケルの耳が機械音声を捉えた。

『ネコ液状化プロセス完了まで残り30……20……10……完了。成分分離プロセス……完了。分配プロセス最適化……完了。ネコ分配を開始します』

 するとギュンギュン鳴っていた回転が落ち着いて、胴体部分から『銀色の管』が生えてきた。それは鎧の継ぎ目からニュルッと現れると、注射針のように先を鋭くとがらせ、別の継ぎ目に向けてザクっと刺さる。そして、

「脈を打ち始めた」

 こぽっ、こぽっ、と吸い上げる音。

 さらには、ネコ自転車のタイヤに空気を入れるように、シュッ、シュッ、シュッと音がして、その音も次第に速くなっていく。いや、音だけじゃない、本当に空気を入れられているみたいに身体が膨らんでいったんだ。すると、

「おい、灼熱、虚空。オバハンネコの言った”座学”とやらの続きだ。いざという時のためにコイツとの戦い方を実践してやるから、しっかり見ておきな」

 と言うなりハチミツさんとコハクさんは目にもとまらぬ速さで飛び出した……!

『ネコソルジャー・デスへの移行完了しました。高速接近する個体を確認。消毒します』

 ”鎧”の方も準備が整ったらしく、息つく間もなく戦いが始まる。

「「う、うわあぁあああ!」」

 見た瞬間に「ここにいちゃいけない」っていうのが分かった。茶色いマイケルと果実のマイケルは、地面を引っ掻いて一目散に路地の出口へと逃げ出したよ。灼熱のマイケルと虚空のマイケルも唖然としている。

「あれは本当に機械なのか……?」

「もしやあの軟体……」

 茶色いマイケルは這いつくばるように2匹の後ろに回り込み、股のあいだからネコソルジャー・デスを見た。

「ああそうさ。中のネコを”つなぎ”にしてるんだ」

 ”軟体”と言った灼熱のマイケルの言葉が耳に残る。ネコソルジャー・デスは”ネコだったもの”を引き延ばしてハチミツさんたちを攻撃していた。ネコの腕だった部分が、赤黒く濁ったぶっといミミズみたいに伸びて、それを鞭のようにしならせ、成ネコたちに振り回している。

 手だけじゃない。両手両足、しっぽ、さらには頭だった部分までが振り回されているんだ。顔だったところにはネコガスマスクを被ったままね。

 機械の手足で四つん這いになり、6本の不気味なミミズを振り回しているネコソルジャー・デス。そこにはもうネコが乗っていたという面影なんてどこにもなかった。

「しかしキャティ。脳が無ければ動けないのでは?」

 虚空のマイケルは戦いから視線を動かさずに尋ねた。

「ああ、脳を制御系として使うのなら、坊やの言う通り停止するだろう。だけどアレはそうじゃない。さっき言ったとおりさ。主体はあくまで”鎧”の方だってね」

「制御系は別、か」

「脳なんてもんは、計算機の代用品なのさ。ちょっとややこしい計算をさせておいて、答えを出したらお払い箱。あとはそのパターンを抽出して”データ”化し、必要な時に引き出して使うだけだからね。使い終わったら捨ててもいい」

 そもそも、とキャティは声色を変える。

「アレがネコを乗せるのは、脳が目当てってわけじゃないんだよ」

「ちがうの?」

「ちがうちがう。大戦で使用されたネコソルジャー・デスは総計数万にものぼる。するとその分だけ脳による”データ”が手に入るわけだろぅ? どんなにズボラなネコでも科学者ネコであるならば、貴重な”データ”をその場限りのものにはしないさ。つまりは蓄積し、共有したわけだ」

「すでな十分なデータが集まっている、というわけだな」

「そう。ああやって最初に脳を使わせるのは、『一応使えるものは使っておこう』ってなところだろう。”おやつ”みたいなもんさ。絶対に必要ではないけれど、あればいいという程度。ああ、それと”ごほうび”の意味合いもあったみたいだねぇ」

「ごほうび?」

「中の兵士ネコに対してだよ。アレらはこれに乗るためだけに育てられてきたんだ。これに乗りさえすれば”最高の幸せ”を得られるとかなんとか信じさせられてねぇ。ヒッヒッ。だからさぁ、せめて最後に、脳内麻薬どばどばハッピー状態で、『自分が操縦してる』『自分が敵を倒してる』『自分がみんなを守っているんだ』っていう実感を与えてやろうって……そのくらいの心配りはさぁ、良心のあるネコとしては当然のことだろう……?」

 キャティの声につられてマイケルたちはみんなしっぽを落としたよ。誰がどういう状況であの鎧を作ったのかは分からないけれど、「せめて『最後の乗り物』の中では幸せに……」って、そういう表情をしたネコを、茶色いマイケルは想像したんだ。

 だけど。

「ヒーッヒッヒッヒ! なわけあるかいっ!! こんなろくでもない兵器作るようなやつがそんなセンチメンタルなこと考えるわけがないじゃないか! そいつらの頭の中にあるのは効率化だけなんだよ! 快楽を与える方が脳の働きが良くなるから甘い夢を見せるのさ!」

 キャティが声を弾ませる。

「いいかい坊やたち、さっきの話の続きさ。このネコソルジャー・デスっていう兵器はねぇ、ネコを”使う”ために乗せている。それは脳に限らないんだ。さっきその”ネコの部分”をグルグル回してシェイクしていただろう? 燃料を作ってたのさぁ。死んだネコをどろっどろにかき混ぜて、さらには成分ごとに分離させ、それを『猫鎧殻』が食って動くってわけ! わかるかい? アタシの言ってることが。信じられるかい?

 これを作ったヤツもアタシたちと同じネコってことがさぁ!

 中に入っているネコを細胞のひとかけらまで使いつぶす設計思想……要するに『もったいない』だ! あらゆるものを最大限に使いムダを省く、これはエコだよ。使い方次第では生態系との完璧な共存をも成し遂げられるような技術さ。そこに使われている技術はどれも超一級、どれをとってもネコと世界とを幸せで繋ぐことのできる技術なんだ。

 そこにどれだけの労苦があっただろうねぇ。多くのネコたちの理想と情熱がなければそれほどの技術には辿り着けなかっただろう。

 な、の、に、だ。

 せっかく突き詰めた技術をこんなところにしか使えない! 『ネコを食って動き、動けばネコを殺す。しかも全自動で、かつ死体さえあれば半永久的に動く殺猫兵器』ときた! 大したもんだよネコってやつはぁ! 

 これをネコにとっての悪と言わずに何というんだい?

 まったく他のネコ・グロテスクが可愛く見えてくるよ。ネコゾンビを作ったヤツにさえ、そこには『幸せになりたい』『豊かになりたい』っていうネコの意思が介在している。でもアレはネコの手を離れてしまって、その意思すらないじゃないか! こんなものネコ世界の自己消滅プログラムもいいところだよ。

 なぁ坊やたち、どう思う?

 この、”ネコにとっての悪”を詰め込んだ存在をさぁ。だからアタシはアレを評するときにはいつもこう言うのさ、『史上最”悪”の殺猫兵器』だ、ってね」

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