(54)6-20:ネコ・コークスクリュー

***

『『はしる〜ネコは~ゆれる~よ〜お〜お〜』』

 声を揺らしてはしゃぐコドコドたち。2匹は茶色いマイケルの両肩に乗って、

『右よ~し! 黒いの3匹はっけ~ん!』

『左よ~し! ちっちゃいの4匹はっけ~ん!』

 と周囲を確認してくれていた。

「ってぇ、ちっとも良くないんですけどぉ!」

 息を切らして叫んだ果実のマイケルを『『あ~は~は~!』』と元気に笑いとばす。焦げくさい大通り。薄暗く、どんよりと陰気なこの町では何よりの明るさだ。

 明るい笑い声は、倒壊したコテージを飛び越えその先へと抜けていく。向かって左斜め奥、そこには巨大なトンネルがあった。紫がかった夜空の穴がぽっかりと口を開けている。あれが出口らしい。

「またスラブがあるのかな?」

「わからんが進むしかあるまい。大した距離ではないしな」

「ねぇ、ちょっと変じゃなぁい?」

「何がだ果実」

「追手の神ネコさまたちってばぁ、明らかに余裕でついてきてるのに襲って来ないよねぇ。もしかして、実は見守ってくれてるってことはぁ?」

「脳に砂糖が足らんようだな都合よく考えおって。ネコに肩入れする理由がどこにある。おおかた牽制し合っとるんだろう」

「そうか、風ネコさまの話によれば『雲の神』と『雷雲の神』、どちらも1等神ということだったな。2神の関係はどうなのでしょう」

 虚空のマイケルの質問に答えたのは、茶色いマイケルの頭の上に立っている風ネコさまだ。

『どっちも大空の眷属だからなー、いがみ合ってはねーけどよー、最近は一緒にいるとこ見ねーなー。前も大空と一緒にいたの雷雲だけだったろー。雲のやつは別行動が多いんだよなー。今追って来てるあいつらも『大空派閥』には入ってねーし、『雲派閥』が出来てるって話もあるしなー』

「派閥とかぁあるんだぁ……」

『眷属同士でつるんでるだけだけどなー。この雪ん子たちも、あ、そこ左なー』

 大通りから左側の路地へと折れる。広々としたオープンテラス周辺とは違って、このあたりの密集具合は息苦しい。こういう地形は、

『あ~! 黒いのが上にのぼった~!』

『あ~! こっちはみんな隠れちゃった~!』

 狩りをするには格好の場所なんだ。

『3匹揃ってクロヒョウかー。真っ黒じゃねーか。あれじゃー誰が誰かわかんねー。狙ってやってんだろーなー。せっこいことしやがってー』

『せっこいことしやがって〜!』

『せっこいことしやがっちぇ〜!』

「素性を隠して……つまり荒事を覚悟しているということか」

 茶色いマイケルが走りながら振り返ると、3つの影がじわじわと、高いところを飛び移りながら迫っていた。

 姿を隠した『雲派閥』の神ネコさまたちは、まわりの路地から子ネコたちに並走しているらしい。うち1匹は屋根の上に飛び乗って子ネコたちより前を走っている。あれはジャガーだ! 木目のジャガー!

「囲まれたな」

「包囲を狭めてきている。先を塞がれる前に抜けたいものだ」

「ねぇボクたちは仕方ないけどさ、みぞれネコさまとつららネコさまは巻き込まれてるだけなんだし、帰してあげられないかな」

『んー、そーなんだけどよー……おい雪ん子ー、吹雪たちはどこいったんだー? 雲の方はどーか知んねーけどよー、雷雲の方はお前らいても狙ってくるみてーだぞー。なんか言ってなかったかー?』

『『え〜! こわ〜い!』』

『こわーい、はいいから答えろー』

『冷気ちゃんはね〜、すぐ帰って来なさいって言ってた〜!』

『雪崩ちゃんは”さっさと帰って来い、くら〜”って言ってた〜!』

『あはは、ちょっと似てる〜! ”くぉら〜!”』

『こうだよ〜! ”くぉるぁ〜!”』

『『”くぅぉるるるぅあ〜!!”』』

「ちょっとちょっとぉ! 『帰って来なさい』ってことはさぁ、先にはいないって事でしょぉ? 戻った方がいいんじゃなぁい? コドコド神さまたちにケガでもさせたら大変だよぉ」

『やー、やめたほーがいーぞー。戻ろーとしたらアイツらすぐに動くだろー。それによー、コイツら渡しちまうと雲の方もすぐに襲ってくるぞー。あっちはいちおー雪ん子たちには手出ししねーだろーからなー』

「それも派閥の力関係ですか?」

『そゆことー。コイツらの上には、って言ってるうちに来やがったー』

 さっと振り返る茶色いマイケル。ちょうどクロヒョウたちが飛び降りてきて、着地するところだった。トト、と軽い音で地面を蹴り、右、左、後ろと、3匹が子ネコたちを取り囲む。激しく足を動かしているのにブレない頭と視線が恐ろしい。

「あと少しなのにっ!」

 出口にたどり着いても逃げられるとは限らない。だけど「そこに行きさえすれば」という思いはあったんだ。芯だ。ネコ同士の攻撃が禁止されてる町の中では使えなくても、外に出られれば使えるかもしれない。そう思うともどかしくてお腹に力が入る。

 その時だ。

『『きた〜!!』』

 両肩から後ろを見ていたコドコドたちが甲高い声をあげる。茶色いマイケルは2匹を両手で押さえて身を屈め、さらに足を急がせた。

「応戦するか!?」

「ギリギリまでこらえろ! ワシが後ろにつく! お前たちは左右を!」

 それは茶色いマイケルを中心とした走行隊形。『ティベール・インゴット』だけは何としても守らないといけない。

『こら〜黒いの〜! ネコをいじめるな〜! あね〜ちゃんにゆ〜ぞ〜!』

『そうだそうだ〜! ネコに乗って遊ぶのジャマするな〜!』

 コドコドたちは前足で、茶色いマイケルの背中をぽすぽす叩いてプリプリ怒る。

「『雲派閥』も寄ってきているぞ!」

「前だ前、前を見ろ! 1匹抜けておる!」

 視線の先、空の狭い路地の向こう、子ネコたちを待ち構えているのは――。

「なにっ!? しかし『木目のジャガー』ならまだ屋根の上に――」

「あれはジャガーじゃないよ!」

『『あ〜っ! あれって〜! ……だれ〜?』』

『ん? ホント誰だアイツ。フォルムは『オセロット』だなー。泳ぎがうめーんだぞー』

「それよりあの神ネコさまは味方だったりはしな――」

 突っ込んできた! 大きく口を開いて駆けてきて、茶色いマイケルに噛みつきかかる! どうみても味方じゃない。まずい。両手が塞がってる。これじゃあティベール・インゴットの入った荷物袋をすぐには抱えられない。子ネコはさらに身を屈めたよ。すると。

 ――身体の中に小さな光が見えたんだ。

 茶色いマイケルはすかさず両手に力を込めて、ガッチリとコドコドたちを支える。そして、

「みんな! 使えるよ!」

「わあああ!」と叫んでオセロットの神ネコさまに突っ込みかえした! そう、見えたのは芯の光。もちろん無闇に突撃したわけじゃない、芯を使って浮きあがり、身体を捻じり込みながら突撃した。

 ネコ・コークスクリューだ!

『『みゃ~~あ~~!!』』

 コドコドたちは激しい回転に目を回しつつも声を弾ませている。だけどオセロットの神ネコさまはちがったよ。急に動きを変えた茶色いマイケルに『なっ!』と驚き、ぴょんと真横に避けた。

『おーし、つっきれー!』

『『ちゅっきれぇー!』』

 4匹は、3匹の神ネコさまと一緒に、紫色の夜空の中へと飛び込んだ。

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