(46)6-15:灼熱流

***

 芯をとる。

 それは自分を一つの器としてとらえ、その中心となる点に光を感じるようなイメージだ。つまり、自分以外のものの芯をとるには、両方を1つの器として感じる必要がある。

 器の中には何かが入っている。『スラブ』の芯をとろうとした時は、気色の悪いドロドロしたものが流れ込んでくる感覚があった。

 じゃあ、『ネコ・グロテスク』の場合はどうだろう。

 残虐の記憶が流れ込んでくるとリーディアさんは言っていた。心を壊すつもりかとキャティに剥きだしの敵意を向けて。スラブの操縦を見事にこなした果実のマイケルがゲロゲロと吐くくらいなんだから、とてつもない濃さのドロドロなんだろう。新入りのマタゴンズたちは何度も吐いていた。子ネコに耐えられるだろうか。いいや、それでも。きっと。どうにかして。

 茶色いマイケルは強張る身体を無理やり動かし、果実のマイケルを引きずり込もうとしている『ネコゾンビ』に手を伸ばす。ネコゾンビは動くたび、ほろほろと腐った肉をまき散らして、べちゃ、べちゃ、と地面に音を立てていた。異臭もする。目玉も垂れている。

「果実!」

 子ネコの指の先が触れた。意識を集中し、2つの器をイメージする。と――

 ――ドロッ。

 目玉のない腐った顔がわっと迫り、頭蓋がそのまま、茶色いマイケルの顔の中にヌルっと流れ込んできた。

 ……寒い。

 なんだ。暗い。

 窮屈だ。

 あちこちが痛い。

 じっとりと冷たい土。ああ、地面の下だ。ひどい姿勢で、横たわっている。あれ、何か聞こえる? だんだん大きく……外かな。いや、中。ん、うるさい。あ、これって……身体の中! ねっとり動くたくさんの何かが耳から目から這って入って這い出してうぞうぞうぞうぞと――。

「こういう時こそ呼んで欲しかったんだがなぁ!」

 ハッとして前を見ると、『ネコゾンビ』が消えたところだった。決壊していたキャティ側の『ネコミイラ』もいなくなり、さらにはリーディアさんの方にいた『黒外套』たちも祈るように泡となっていく。

「まぁいつでも来られるわけじゃないんだけどね」

 颯爽と現れたのは上半身裸のサビネコ兄弟。

「ハチミツさん! コハクさん!」

 2匹は踊るように芯をとり、辺りはたちまち泡に包まれる。シャボン玉遊びでもしているような、ちょっとした長閑ささえあった。

「おう茶色いの! ちぃっと触っちまったか? でも平気そうでよかったよかった。まぁ、お前さんはとりあえず手を出すな。果実のマイケルを連れて後ろに引っ込んでおいてくれ。そんで、おい灼熱のマイケル! それと虚空のマイケル! お前らはちょっと手伝え」

 それを聞いて血相を変えたのはリーディアさんだ。

「なに言ってるの! 子ネコたちに芯をとらせるなんてあなたも」

「まぁ待て待て待てリーディアのねーちゃん! 誰も芯をとらせるなんて言ってねぇだろう。俺だってこんなもんガキネコに触らせたくはねぇさ」

「だったら!」

「だけどな、このままじゃコイツら、ずっと守られてなきゃいけねぇだろう。必死に闘う成ネコの後ろ姿を見てるくらいしか出来ねぇ。毛づくろいでもしてりゃあちっとは気がまぎれるかもしれねぇが、それってたぶん歯がゆいぜ? こんな時なんだ、自衛くらいは出来たほうがいいと思わねぇか? 『芯をとらずにネコ・グロテスクに対抗する方法』、なんてどうよ?」

「……そんなこと教えられるの?」

 するとハチミツさんはタンと飛び、子ネコたちの前に降り立った。

「手ほどきしてやる。しんどいかもしれねぇが、やるか?」

***

 ハチミツさんに首根っこをつかまれて、灼熱のマイケルと虚空のマイケルはネコミイラたちのど真ん中まで連れていかれた。着地と同時、ほんの一瞬でハチミツさんが芯をとったらしい。3匹が泡に囲まれる。

「お前らに教えるのは――」

 それを見るなり1匹の黒外套が暴れ出した。ネコミイラたちを蹴散らし、かき分け、何かを叫びながら3匹めがけて飛びかかってきたんだ! だけどハチミツさんは、

「――これだ」

 『黒外套』を軽々放り投げ、高さ10メートルはある石垣の、その向こうまで投げ飛ばしてしまった。茶色と果実、2匹の視線が弧を描く。

「なに、あれぇ……」

「あんなのどうやって……」

 目を見開いてはいたけれど、何がどうなってああなったのか、ちっとも分からない。ただ、あの2匹は違ったみたいだ。

「『黒い靄』か」

 虚空のマイケルが一発で看破する。さらにそれを受けて、

「ふむ、なるほど。この黒い靄を緩衝材にするわけだな。あとは相手の力を利用した『ネコ受け流し』で対処するだけ、と」

 灼熱のマイケルが仕組みを理解したらしい。

「なんであれで分かっちゃうのぉアイツらぁ。逆にバカァなんじゃない?」

 茶色いマイケルも、大体同じ気持ち。

「やるじゃねぇか。だがなぁ、理屈は分かってもすぐに身体がついて来るとは限らねぇ。よし、早速やってみろ!」

「兄ちゃんってば、無茶ぶりしすぎ!」

 少し離れたところでコハクさんが笑っている。笑い事じゃないでしょうと思ったんだけど、

「できた」

「んっ……俺もだ。少し不格好だが」

 2匹ともすぐにできちゃった。サビネコ兄弟がガッハッハと笑う中、「あきれた……」という声はリーディアさん。茶色いマイケルは「よかったリーディアさんもびっくりしたんだねみんな普通じゃないよね」とそちらを向くと、

「あら、私もできたわ。いいわねこれ、少し楽が出来そう」

 一瞬で裏切られたよ。だけど一応、仲間ネコはいたらしい。

「なんなんだいアンタらは! せかせか芯をとってるアタシらがバカみたいじゃないか! まったく生きやすそうなネコたちで腹立たしいねぇ!」

 ご立腹のキャティだ。茶色いマイケルと果実のマイケルは、一瞬だけ目を合わせて、しゅんとうつむいたよ。

「よしよしいいぞお前ら! それじゃあついでだ、『ハチミツ流ネコ武踊』の真髄、ネコ受け流しを教えてやる」

「ずりぃぞ兄ちゃん! ネコネコじゃんけんで俺が勝ったんだから『コハク流ネコ武踊』にしてよ」

「ハッハー! 俺が教えたんだから今から俺の流派だぜ! いいか弟子ネコよ、ネコ受け流しの真髄は――」

「虚空よ、『ネコ受け流し』はな、相手の動きを利用しようとするばかりでは限界がある。己の動きすべてでもって相手を意識ごと釣り上げるのだ。――こう!」

「なるほど……――こうっ! できた!」

 2匹の子ネコは真髄を会得した。

「ふふふ、『灼熱流』の誕生ね」

「「――マジかよ!?」」

 サビネコ兄弟も驚く物覚えの良さで、天才子ネコたちはあっという間にネコ・グロテスクへの対処法を体得しまった。するとあとはもう、箱ティッシュの中身をシュッシュッシュッと引き出していくように、ネコ・グロテスクたちをその場から1匹2匹とふっ飛ばしていく。切羽詰まっていたさっきまでが嘘みたいだ。

「よしそれじゃあ、とっととこんなところオサラバしてレースに復帰と行こうか。おいオバハンネコ! アンタらはここに残るんだろう? あとは任せるぜ」

「誰がオバハンネコだい口のきき方を知らない坊やだねぇ。まぁ元々アタシたちはここから引く気が無いのさ。行きたかったら行きな」

「そっか、んじゃあお言葉に甘え」

 と、コハクさんが言いかけた時だ。

「ただねぇ……」

 ねっとり粘り気のある笑みを含んだ声で、

「アンタたちが、アレを放って先を急ぐとは、思えないんだけどさぁ」

 キャティがアゴで大通りを示した。

「「あん?」」とそちらを見る2匹。茶色いマイケルたちもつられて目を向ける。するとそこには1匹のネコが立っていた。ただのネコじゃないのはすぐに分かったよ。なにせ完全装備もいいところで、全身にまとった金属の鎧の他に、腕と足とが2本ずつ追加で付いているんだ。顔も、本格的なネコガスマスクみたいなもので覆っているし、ネコ・グロテスクというよりは、キャティの背負っていたメカメカしいタンクが思い浮かぶ。

「誰だろぉ、マタゴンズの仲間ぁ?」

 のんびりとした口調の果実のマイケル。だけど、

「「おまえらふせろぉおおお!!」」

 爆風のような声を背中にうけて、路地の真ん中にいた茶色いマイケルたちは地面に押し倒される。その頭の上を青白い光が、ジュッ……と嫌な音を立てて通り過ぎた。

コメント投稿