(44)あわあわの幕間4:外交官ネコ マルティン① エリートネコ街道

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リーベ・レガリアにマルティンあり。

眉目秀麗、毛並みはしなやか、通りすがりにウインクでもしようものなら照れ隠しに視線をそらされる。そんな美男紳士ネコのサバトラ模様が今日もこの街を闊歩する。

という夢想にとっぷりと浸りながら、マルティンは道の端を歩いていた。

妄想癖のあるダメダメなネコ、というわけではない。理想と現実の差こそあれ、無駄にあふれる自信はネコを立派に見せるのだ。彼の行きつけのカフェの女性店員ネコから、

「今日も素敵な毛並みですね」

とお世辞を言ってもらえるくらいには、猫あたりも良く社交的である。

「ありがとう。しかしいくら手入れしたとしても貴女のようにはなれませんね。良ければその美しい毛並みの秘訣をお伺いしたいので今度ご一緒に」

「あ、いらっしゃいませー! お話の途中すみません、どうぞごゆっくり」

女性店員ネコはくるりと身を翻し、今来た客ネコの元へと注文を取りに行ってしまった。

「いやはやあんなに慌てて。恥ずかしがる必要などないというのに」

困ったものだ、と折りたたみ式の櫛をサッと取り出し、ヒゲの後ろの柔毛を整える。身だしなみに気を遣うのは、先進技術大国リーベ・レガリアの紳士ネコとして当然である。

さて、こんなマルティンだが、幼い頃から成績は良い。誰かを傷つけることを恥とする精神的紳士ネコでもあるので、周囲とも良好な関係を築いていた。

彼を知る親ネコや先生ネコたちは口を揃えて「君は素晴らしい成ネコになる!」と期待を寄せたのである。それを聞いて調子に乗らないマルティンではない。正しく努力し、自分を磨き、やがて国家の顔として華々しい外交の場へとその身を浮かばせた。

シルクハットをかぶりタキシードの衿をただす。外交官マルティンは、今日もエリートネコ街道をひた歩く。

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『先進技術大国リーベ・レガリア』は、冠する名前の通り、技術力に長けた国である。それゆえに周囲の国家からは一目置かれ、積極的な技術供与も相まって、良好な関係を築いていた。

北のエル・ローリエ、西のゴート・ロマーリア、南のリラ・イグジスタ。そして東のメトロ・ガルダボルド。

戦火の広まり始めていた『ネコネコ大戦』最初期において、これらの国にリーベ・レガリアを加えた5カ国は、強固な同盟関係を維持。いわゆる『5大同盟』である。中でも東のメトロ・ガルダボルドとリーベ・レガリアとの関係は、持ちつ持たれつ以上の、率先して足りない部分を補い合うような、互いになくてはならない関係であった。

そんな2国の橋渡しとしてマルティンは、議員ネコと共にメトロ・ガルダボルド国内へと赴くことが多いのだが……。

「やぁやぁやぁリットン君、実に1ヶ月ぶりだねぇ、息災そうで何よりだよ」

「おやおやおやマルティン君じゃあないか、君こそ相変わらずいい毛並みをしている」

 互いの顔を見かけるや、カツカツと靴のかかとを鳴らして歩み寄り、ぎゅっと固い握手を交わす2匹。いや、全力だ。全力で相手の手を握りつぶさんと力を入れている。

「な、なるほどぉ、かなり腕を上げたようだねぇ、リットンくぅん……!」

「き、君こそよほど鍛えたのだろうなぁ、マルティンくぅん……!」

半分泡を吹いたような顔で奇妙な笑みを交換し合う2匹に周囲は呆れ顔。毎度のことだ。

メトロ・ガルダボルド側の外交官リットンは、白い毛に空色の瞳が清々しく映える、趣味の合わない親友ネコ(本猫たちは認めていない)。ちょっとしたことが大きな亀裂となりかねない外交の場であっても誰はばかることなく「君とは全く趣味が合わんね!」と本気でつかみかかることのできる仲である。長年こうして親交を深めた2匹は、今ではどんな議員たちよりも国の行く末を左右する立場と見られていた。

国家間のやり取りは普通、自国の利益を主眼に置くもの。

だがこの2匹といえば相手の国をどう富ませるか、それしか頭にない。より富ませることこそ自国の実力を見せたことになり、相手より上に立ったと言える、そんな少しひねくれた価値観なのだった。その信念と妙に勢いのある語りとで、大使ネコや議員ネコたちは「な、なるほど」と有耶無耶のうちに2匹の口車に乗せられてしまうのであった。

ただ、不思議とそれでうまく行っていた。両国の関係が親密になればなるほど、戦火からは遠ざかり、民ネコも平和に笑っていられるのだから成果としてはこの上ない。

目下の問題はといえば……

「ところでリットン、今夜の会食は……」

「ああ。マルティン、君の要望通り劇場――」

「おお! ようやくこの街で一番の」

「――になどするものか! そちらの議員ネコ先生のご趣味に合わせて私が最高のもてなしをする!」

「な、なんだって!? いよいよだと待ち望んでいたのになんてことを!」

「知るものか! 私がもてなすのは君ではないのだ! そんなに気になるのなら自費で行き給え!」

「行けるはずがないとわかって言っているな、君は! 公費だ、公費を出せ!」

「よくもまぁぬけぬけと恥ずかしげもなく!」

……爪を出してしまいそうな2匹の争いくらいのものだった。

とはいえ、遠く離れたところで燃え上がった大戦の炎は、ゆっくりと、しかし確実に、猫々を恨みの渦の中に巻き込んでいた。たとえ目に見える火がなかろうと、この情報ネコ社会、気づけばしっぽが焦げていたなどということは当たり前に起きてしまう。

どこの誰がどう繋がって、何がどう悲しみを恨みへと変えてしまうのか……。

時代のうねりはマルティンとリットン、ひいては5大同盟国をものみ込もうとしていた。

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