(41)6-11:『ラット・キャット』の痛み

***

 『ネコミイラ』に『ネコゾンビ』、様々な拷問具をつけられた『トルドラード・ミーオ』たちと周りを囲む『黒外套』。

 『ネコ・グロテスク』たちは何かを求めるように『大通り』を練り歩いている。その身体に触れて”芯をとる”ことで、ネコ・グロテスクとは何なのかを知り、『真実』に近づけるとキャティは言った。茶色いマイケルはそれを知りたいと思ったんだ。

 半歩、前に出る。

「さぁ、心配する必要はないよ。アレらはまだ襲って来ないからねぇ」

 キャティのしゃがれた声が穏やかに響く。「しかしキャティ……」と声を出したのは灼熱のマイケルだったけど、

「ほら、アンタたちも一緒に行きな。あの小太りちゃんにばかり背負わせるつもりじゃあ、ないんだろう?」

 そう言われると「むぅ」と口を噤んでしまったよ。振り返ると、灼熱のマイケルと虚空のマイケルも、強張った顔で茶色いマイケルを見ていた。

 子ネコが唾を飲み込むようにうなづくと、2匹もためらいながら、うなづいた。

 3匹の子ネコたちは再び、にっこりと笑うキャティを視界の隅に置いて、溢れかえるネコ・グロテスクの行進へと視線を向けたんだ。どす黒く澱んだ熱気が大通りを左から右へと流れていく。

 するとその左端から、

「――――ァァァ……」

 と、子ネコのかすれた悲鳴が聴こえてきた。

 そこには4匹の『黒外套』がいて、それぞれが荷台の四方を担いでいるんだけど、どうにも危なっかしい。なぜかというと足元にはキャティに『黒靄球』を受けて気絶しているネコたちが倒れていたんだ。下にばかり注意を払っているらしく肝心の荷台がぐらぐらと揺れている。

 小さな『ラット・キャット』はその荷台の上で、仰向けに横たわっていた。

 上で、お腹に置かれたガラスの箱に向かって絶叫している。ガラス箱はもう赤黒く染まっていたから中で何が起きているのかは見えないけれど、キャティの話の通りならその中では生きたネズミたちが出口を探して柔らかい肉に歯を立てているのだろう。すぐ近くで見ればその影くらいは見えるかもしれない。

 それはどれほどの痛みで、どれほどの恐怖なの。

 茶色いマイケルは小さく息をすって、止めた。

 そして、『ナカミウリ』の子ネコが泡になって消える直前に見せた幸せそうな顔を思い浮かべたよ。もしこの小さなラット・キャットも同じような顔にしてあげられるのなら。そう考えてこの子ネコを見据えた。この子ネコの芯をとって、ネコ・グロテスクのことを知って、泡にしてあげて……。ぎゅっと拳をつくり、頭から飛び込むように、一歩を踏み出しかけたその時だ。

「ダメよ茶色くん。君にはまだ早い」

 大きくはない。だけど、間近で茶色いマイケルの肩を叩くような声だった。弾かれたようにそちらに振り返ると路地の向こう側、出口の近くに、

「「リーディアさん!」」

 鬼ネコ面のリーディアさんが立っていた。それに、

「果実! なんでそんなところにおるのだ」

 少し離れたところで果実のマイケルが、地面に両手をついて肩で息をしている。それとなぜか、風ネコさまもリーディアさんの肩の上でふよふよ浮いていた。

「お、オマイラが目的を忘れちゃってるみたいだからオイラが探してきたんだよぉ!」

『オレが見つけたんだぞー。たまたまだけどなー』

「目的って……だってボクたちは果実にばかりスラブを操縦させて……」

「あれはオイラがやるって言ったんだ、別に嫌々やったわけじゃないからいいのぉ! それにオイラの反応見れば」

「あんまり動くんじゃないよ。ネコ・グロテスクどもがこっちに気付いちまう」

 ひぃっ、という果実のマイケルの叫び声は、大通りを見たからか、それともキャティの顔をみたからか。ドクターコートの長毛白猫は茶色いマイケルたちに背を向けたまま、視線をリーディアさんの方へと向けていた。すると、

「気づかれなければいいんでしょう?」

 !?

 驚いたことにリーディアさんが、”いつの間にか”10メートルくらいを歩いて、キャティの正面に立っていたんだ……!

「見えたか?」

 灼熱のマイケルが小声で問いかける。

「歩いているのは……見えていたと思う」

「ワシもそうだ。だが”歩いておる”とは認識できんかった。あれは特殊な『ネコ歩法』だな。しかしどこかあの兄弟のものとも……」

 リーディアさんは3匹に「まっすぐ歩いただけよ」といたずらっぽく笑いかけたよ。なるほど、と納得したのは茶色いマイケルくらいかな。そんな中、歩法なんてどうでもいいと言わんばかりにキャティが声を尖らせた。

「おいメス。せっかく坊やたちが覚悟を決めたっていうのに、一体どういう了見で邪魔してくれたんだい?」

 錆びついたノコギリみたいな声だ。けれどリーディアさんは怯まない。

「どういう了見? ろくでもない覚悟を決めさせておいて、正しい行いのつもりかしら?」

「正しい行い? ハッ、何も知らないくせにさぁ。部外者ネコはすっこんでな」

「いいえ、話は果実くんから聞かせてもらったし、部外者ネコでもないもの」

『オレも話して聞かせたぞー。てきとーだけど』

「だったら分かってるはずだろう。茶色の坊やがネコ・グロテスクについて知りたいと言った。だからアタシがそれを教えてる。それが事実さ。横からにゃあにゃあとメスネコにあれこれ言われる筋合いはないねぇ」

「あらそうだったの。私にはこの子ネコたちを壊そうとしているようにしか思えないけれど」

「おやおや言いがかりにもほどがある。どうして知ることが壊すことになるっていうんだい」

「マイケルくんたち、知りたいと思うことは大事なことだけど、無理に知る必要のないことだってあるのよ。これはその」

「いいや違うねぇ。すべての知識は有益さ。しかも実体験を伴った知識とくれば、何にもまして手に入れなきゃならない。アンタにも分かるんじゃないかぁい?」

 ニヤリと笑うキャティ。お面で隠れたリーディアさんの顔は見えないけれど、返事をするまでには少し間があった。

「そうね、想像力にはいつだって限界があるものよ。何かをつかもうと思えば、知識が必要で、それにも増して経験が重要になる。100の文献をあさるよりも、一杯のマタタビ酒を飲んだ方が、”酔う”ってどういう事なのかを理解できるわ。そうして今まで見えなかったものが見えるようになることで、想像力も次の限界まで広がっていく。経験することにはその力がある」

 キャティはうんうんとうなづいた。

「よく正直に言えましたぁ。ほうら、つまりそういう事だよ。坊やたちはここで学ぶんだ。あの憐れなネコどもの、”忘れられてしまうだけの真実”をね」

 すると、

 ――真実?

 喉元に槍の切先を突きつけるような鋭い声。キャティでさえ一瞬怯む。

「ネコ・グロテスクに触れて”芯をとる”こと、それが真実ですって? それは一体誰にとっての真実なのかしら。あなたにとっての都合の良い真実っていうだけでしょう、キャティ。キャティ・マッド・グレース!」

「ハンッ。もったいぶった言い方するんじゃないよ。これだから役者は」

「茶色くん、灼熱くん、虚空くん。ネコ・グロテスクに触れて芯をとるっていうのはね、この『黒い靄』や『スラブ』に触れるのとはわけが違うの。それは、あのネコたちの苦しみの記憶を追体験するようなものなのよ……!」

 黒い靄を手に乗せて、それを握りつぶして見せるリーディアさん。キャティから聞こえた気がした舌打ちは、聞き違いではなさそうだ。その一方、

「つ、つい、体験……?」

 茶色いマイケルは、追体験という言葉の意味が分からなかったから、キャティに教えてもらった。

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