(33)6-4:ピサトの残り火

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「お前らの歳で『ネコネコ大戦』つってもピンとは来ないと思う。いや、俺らにしても当事者ネコじゃねーし、話に聞いただけなんだがよ。

 『ピサト』っつーのは要するに暗殺ネコ集団だ。何かと引き換えに猫殺しをするっていう連中で、特に大戦の頃は戦場にも送られてたらしい。そいつらは元々ただの孤児猫でな、自分たちのしてることに何の疑問も抱かないよう育てられてたっつーわけだ。

 そんなことがあり得るのかって? ありありだ。お前たちもそうなんだぞ? 風呂以外じゃあ服を着るだろう。何でだ? 恥ずかしいからか? 何で恥ずかしい? そういう社会で暮らしてるからさ。誰もが裸で歩いてる社会なら、別に恥ずかしいとも思わねぇし、服もいらねぇよな。ん? 俺らの周りも裸だったのかって? いや、ふつーに着てたけど。

 話しを戻すぞ。

 そんな危なっかしいやつらが終戦後まもなく、普通のネコたちに交じって働き始めたんだ。怖いって? 確かにな。とはいえ当時はピサトの存在すら知られてなかったから、そこいらのネコは当たり前に暮らしてたさ。別に怖がったりはしていなかった。今と同じだ。『どんな奴がいるかもわからねぇけど、あぶねぇのはきっとどこか遠くにいる』ってみんな思ってただろうよ。いいじゃねぇか、平和な時代バンザイだ。

 ただな、詳しく言うと飯が食えなくなるから言わねぇが、ある猟奇的な事件が起きてからというもの、ピサトたちがそれに呼応するように事件を起こし始めたんだ。呼応ってわかるか? スイッチ押されたみたいに動き出すってことだよ。

 それからはもう大変な騒ぎでよ。あちこちがひでぇことになっちまったってわけよ。しかも『ピサトの生き残り』が新しいピサトを育て始めちまってな。そいつらが俺らの世代にまで残ってるから『ピサトの残り火』って言われてる。そしてそいつらの特徴ってのが」

「『笑った鬼ネコ面に包丁』、か」

 言葉を横取りされたハチミツさんが、片方の眉を持ち上げて声の主を見るけれど、当の虚空のマイケルは別のことを考えているらしく、鼻先をもてあそびながら難しい顔をしていた。ハチミツさんは軽くため息を吐いてから、

「正確に言えば『牛刀』だ。ま、『メトロ・ガルダボルド』を知らねぇつう話だから、お前らにしてみれば本当に遠い異国の話なんだろうけどよ」

 とコハクさんの肩を叩いたよ。

「俺たち兄弟は『ピサト』や『ピサトの残り火』にちょっとした因縁があってね。だから君らの話に食いついたってわけなんだ」

「つーわけでよ、お前らが遭遇したっつう『笑った鬼ネコ面』がどこへ」

「この子たちが倒したわよ」

「「……」」

 質問しかけたハチミツさんに向かって、すかさずリーディアさんが結論を言う。だけど今度は片眉を上げたりはしなかった。

「あら、あまり驚かないのね?」

「さっきリーディアさんが焦らなくていいって言った時、なんとなくそんな気がしたからね。それに……納得できる材料もあるしさ」

 コハクさんがちらっと視線を向けると、灼熱のマイケルは「?」としっぽを傾げた。すると少しのあいだ黙っていたハチミツさんが、

「なぁ、マイケルチャンたちよぉ。……そいつの最後は、どうだった?」

 と訊いてきた。その声はとても静かで、それでいてたっぷりと熱を帯びていたから、茶色いマイケルは出来るだけつぶさに見たことをそのまま話したよ。感情的な部分は省こうとしたけど、”最後”は結局、思ったことを思った通りに言った。聞き終えたハチミツさんは、「そうか」とだけ言って、

「つーわけでよ、他にもいるかも知んねーから、気をつけろって話だ! 大変だなマイケルチャンたちよぉ! 気を付けることいっぱいあり過ぎて。夜中におねしょすんじゃねぇぞぉ?」

 と話を区切り、灼熱のマイケルの背中を乱暴に叩いて強引に雰囲気を変えてしまった。茶色いマイケルたちには他にも知りたいことが山ほどあったんだけど、「ねぇ、マイケルくんたちの旅の話を聞かせてよ」とリーディアさんに話を乞われて話しはじめたら、

「ええっ!? そんなに大きなフクロウが!?」

 と立ち上がって驚かれたり、

「まぁ、とっても強い子。みんなと一緒に幸せになれるといいわね」

 とおいおい涙を流されたり、

「へぇ! 空に街がなぁ! レースが終わったら行ってみようぜコハク!」

「いいね兄ちゃん! 特別賞で願いが叶うなら、その何とかって部屋を作ってもらえば行き来し放題だしね!」

 と大盛り上がりになったもんだから、子ネコたちはついつい調子に乗って喋りまくってしまったんだ。さすがにこの場でクラウン・マッターホルンの顛末は話さなかったけれど、それ以外はかなり細かく話したよ。果実のマイケルがちょっぴり話を盛ってたから、子ネコたちで軽くチョチョッとたしなめたりもしたな。

 まったく、成ネコって話を聞きだすのが上手なんだから。

 みんな優しい顔で聞いてくれたんだ。

「いやぁ、お前たちはいいネコだ! 猫っ気がある! 賞うんぬんは置いといて、完走して目的とやらを果たせるよう祈ってるぜ! 何かあったら一番に助けてやっから困ったときは遠慮なく頼れよ! いいな? 今度こそ助けるからなぁ!」

「はいはい兄ちゃん、ちゃんとまっすぐ歩いてね。なんでネコ精神体で酔えるんだろ。そんじゃマイケルチャンたちまた明日。果実チャンもおもらししないように!」

「お、おっきい声で言わないで欲しいんですけどぉ!!」

 ふらふらと危なっかしい後ろ姿に4匹が手を振る。まだそう時間は経っていないというのに、通りのオープンテラスの灯りはまばらになっていた。みんな明日のレースに備えて早く帰っているのかもしれない。風ネコさまが茶色いマイケルのフードの中であくびをしているので、案外そういう時間なのかな。サビネコ兄弟の姿が見えなくなったころ、

「それじゃあ私もそろそろ行こうかしら」

 とリーディアさんが言った。なんだか話足りないなと思うのは、この黒ネコの”猫の良さ”からくるものだろう。とはいえ引き留めてしまうときっと話に付き合ってくれちゃうからね。ガマンしておくことにする。ゴールに着くまでにはまだ話せる機会もあるだろうしさ。

「色々教えてくれてありがとう、リーディアさん」

「ううん、私こそ」

 そう言うとリーディアさんは4匹をちょいちょいと手招きし、「?」と寄ってきた子ネコたちの頭を撫でてくれたよ。なぜかおっかなビックリだったから、毛の上の方ばかりが触れて、ちょっとくすぐったかったけどさ。

「君たちと出会えて本当によかったわ」

 リーディアさんはそう言うと、大きく手を振って、大通りの闇の中に消えて行った。

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