(13)4:宝石の海

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 広場にあった大噴水が地核ネコさまに踏み潰されてできた、この大穴。

 ネコたちは1万匹くらいいたから、広場はかなりの面積だったはずだ。だとしたら、その面積分は頭上にぽっかりと穴が空いていないとおかしい。

 まぁ、茶色いマイケルたちは相当下に落ちて来ていたし、広場の空は赤かったしで、もしかしたらはっきりとした穴は見えないかもしれないな、とは思っていた。だけど、

「な、なにあれ!? 水攻め!?」

「違う! 氷だ! 氷攻めだ!」

「どっちでもいいってばぁ! ヤバイヤバイヤバイ凍らされちゃうぅう!!」

 氷が降ってくるなんて思ってもみなかった。いや、冷気の塊がすべてを凍らせながら滝のように落ちてきていたんだ。実際、上空に退避していたらしい鳥たちが氷像となってボトボトと落ちてきている。さらに逃げ遅れたらしいネコたちの氷像も混じっている。え、この氷像って、え!?

 それは上にいるネコたちをかなり混乱させているらしく、悲鳴が押し出されるように底にまで届いてきていたよ。

「いかん! とっとと潜るぞ!」

「この中って息できるのかな!?」

『出来るんじゃねーの? じゃねーとネコ進めねーだろー』

「安心してくれ! 俺が試した。息継ぎも必要ない」

「ナイス虚空ぅ! ほら茶色ぉ、とっとと行くよぉ!」

「う、うん……」

「動物たちのことは諦めい! 願いは叶わずとも生きてはいられるのだ! むしろそれが”自然”というものだろう。自分の命も守れんネコがよそを気遣っても仕方あるまい! 潜るぞ茶色!」

 迫る冷気。ボトボトと降ってくるネコたちの氷像。

 動物たちのつぶらな瞳がうるんで見えるのは感傷だろう。

 そう言い聞かせて茶色いマイケルが地面に潜ろうとした時、

「「イィィィヤッハァァァアアア↑!!」」

 と頭上から奇声が降ってきた。その声に尋常でない狂気を感じた茶色いマイケルは、思わずその場を飛び退いていたよ。後方へ8メートルくらいは跳んだかな、自己新記録だ。

 判断は間違っていなかったらしい。茶色いマイケルのいた場所が、巨大な鉄球でも放り込んだように、ぼっこりと抉れていたんだからね。なのに鉄球はおろか、ボールの一個も見当たらない。

 見えない攻撃!?

「外しちまったぜぇぇトムぅぅぅう!」

「ドンマイだぜぇぇ↑ チムゥゥゥ! ほらほら、お客猫も景気よくブッパブッパ!」

 見上げてみれば芯を使ってふよふよと降りてきているネコたちの間を、タイヤの無い、武骨な車みたいなものが猛スピードで迫って来ていた。

 真ん中に運転手らしき白ネコがいて、その左右の窓から身を乗り出し奇声をあげているネコヘルメットに丸目のサングラス姿の2匹のネコ。さらに、屋根のない後部座席に立ちあがったネコはフードを目深にかぶっている。車には乗ってないけど、その周りにも、鬼ネコ面を含めた怪しいネコたちがちらほらいた。

 すると、なんとなく見覚えのあるフードのネコが、弾くように外套を開き、茶色いマイケルに向かって腕を突き出した。ボーガンだ! 遠目にも真っ白に輝くボーガンが子ネコたちに向けられていたんだ!

「……あれらに価値はないようだ」

 ひどくかすれた声だった。聞いているだけでのどが渇く。

「「イィィゼェェェエ! やったれやったれぇえ!」」

「行くぞ茶色!! 俺たちに立ち止まっていられる余裕がどこにある!」

 虚空のマイケルの、珍しく熱のこもった声に頭を打たれ、茶色いマイケルは動物たちに目を遣ることなく、思い切って地面に飛び込んだ。頭から岩盤に突っ込むのは怖かった。だけど実際は痛みどころか水に潜るほどの抵抗も無かったんだ。風の流れに乗るような心地よささえあったよ。

 4匹の潜った地面の先には、宝石のような海があった。

 いや、本当に宝石の海かもしれない。周りを埋め尽くしているのは緑色に輝く岩石なんだから。その中を泳ぐように潜っていく感覚は、透明になった気分だ。

 そこへ、トプン、とすぐそばを見えない何かが”何本も”突き抜けた。

「やっかいな! 的を散らしながら飛ぶぞ! 遅れるな!」

 先導する虚空のマイケルが叫ぶ。

 虚空のマイケルはガタガタ道を進むトロッコみたいに芯を揺らしながら、それでも宝石の海を迷いなく進んで行った。いったい何を指針にしているのかは後に続いていただけの茶色いマイケルには分からない。ただそれぞれの役割を果たすだけだ。

「右にまとまって飛んでくるよ!」

 4匹はひと塊の群れとなって右から距離をとる。すると今までいたところを見えない何かが通り過ぎていく。

「おいおいトムよぉぉ! アイツら後ろも見ずに避けやがったぞぉォ!?」

 奇声をあげたのはチムの方だね。くっ、覚えちゃった!

「アレ使うぜぇぇ! お客猫はぁ頭ァひっこめてなぁあ↑!」

 トムが声を上ずらせる。するとすかさず果実のマイケルが、

「火薬使う気だぁ! 広範囲来るよぉ!」

 と鼻を鳴らした。直後、

「「イッヒャァァァアアアア!!」」

 喜悦でぶっ飛んだような奇声と共に、爆撃音が鳴り響いた!

 緑色の宝石が爆散し、その周りの宝石をも連鎖的に黒く染めていく。まるでカビが物凄い勢いで広がっていくような、ちょっとした絶望感がその光景にはあった。

「「ヤッタッター♪ ヤッタッター♪ ヤッタッターったらヤッタッター♪」」

 チムとトムがおちょくるようなリズムで軽やかに歌う――だけど!

「ちいとばかり足を休めていろぉっ!!」

 加速して爆発を逃れた茶色いマイケルたちはそこから90度上に折れ、さらにはぐりんと円弧を描いて死角から車の後方へと回り込んでいたんだ! そして灼熱のマイケルの超ネコパンチを車のボディにぶち込んだ。

「「なっニィィィ!!?」」

 車は制御を失ったのか左右に激しく蛇行してからギュルルルルとその場でスピン。茶色いマイケルたちはそれを4匹できれいに躱し、おかしなネコたちを突っ切って進んだよ。

「まだ何匹かワシらを気にしとるネコがおるようだぞ」

「ああ、前方にもチラチラと見ているやつらがいる。余計なちょっかいを掛けられるまえに抜いてしまった方がよさそうだな。ついて来られるか、果実」

「オッケーオッケェ。オイラってば進化しちゃったのかもぉ。身体が超軽くってぇクィンクィン動くんですけどぉ」

「空で感覚つかんだのかもね! ボクも大丈夫だよ、虚空!」

「よし! なら全速でぶっちぎるぞ!」

『ヒュー! オマエラかっこいーなー! オレも暴れたくなったぜー!』

「「「「それはやめて!」」」」

 ”穴の底”でもたもたしていたからだろうか、思ったよりもたくさんのネコたちが先行していた。サビネコ兄弟こそ見なかったけれど、鬼ネコ面やシルクハットの紳士ネコたちの姿もあったよ。

 その中を雷のような速さで駆け抜けた。

 混みあった場所でも4匹揃ってジグザグと縫ってすり抜け、「なんて練度だ! 完璧に使いこなしてやがる!!」という驚きの声すら置き去りにして、わき目もふらずに突き抜けた。

 周りとの差がこれほど出たのは当然と言えば当然かもしれない。

 だって、ついさっき芯の使い方を知ったネコたちが大半だったんだからね。前から知っていたとしても、茶色いマイケルたちほど本格的に教練を受けたネコも珍しいだろう。たとえ3週間だけとはいえ、山岳特殊ネコ部隊ヤマネコ仕込みの芯運動をみっちり叩き込まれたんだから。

 先行していたネコたちをすべて抜き去った子ネコたち。

 後続との差はえげつないほどについて、もはや影も形も見えなくなっていた。

 独走ネコだ。

 それからさらに速度を上げてしばらく経った頃、ふと周りから色が消え、洞窟のような場所に出た。すぽん、と音がしそうなくらい唐突にね。集中力を断たれた4匹は隊形が崩れてしまい、急いでひとところに集まって止まった。

 すると、暗がりが一転、パッと明るくなり、

『――――――――――――!!!』

 大歓声。

 よく響く床に盛大に猫砂をまき散らかしたようだった。左右から押し寄せる声援に、4匹とも慌てて耳を塞いだよ。そこへさらに、

『おめでとうございます! チームマイケル、入賞です!』

 と声が響き渡った。

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