(115)9-8:共謀

***

 オセロットと切り離された子ネコたちは、重力に従い落ちていく。

 その最中、茶色いマイケルは眩い“光”に向かって強く頷いた。“光”は雷鎖に引かれ、大口を構えている巨大なライオンの元へと流れていった。

『なんだあれ、どうなった?』

『あんな権能……おい』

『いや、聞いたことがない』

 ざわめきの広がる中、大空ネコさまはそれでも信じようとしているらしく、

『雷雲ちゃん、これって、あの神、どこに』

 と、か細い声で問いかける。

 しかし巨大ライオンは答えない。

『始めろ』

 直後、ばかみたいに大きな音が地面を突いた。後には激しい揺れが続き、地面にひびが走ったかと思えば容赦なく裂けていく。裂け目が崩れて瓦礫が奈落に落ちだすと、その深い闇の底から先の尖った奇妙な柱がせり上がってきた。奥からは誰かの低い笑い声も聞こえてきたよ。

『何をしている雷雲、答えろ!』

『雷雲さん、これ、俺たちこのまま見てて本当に――』

 神ネコさまたちの動きは鈍い。

 茶色いマイケルは焦る彼らの声をよそに、暗い裂け目の奥底から響いてくる、聞き覚えのあるネコの声に口元を引き締めた。

 やっぱり、そうなんだ。

 疑惑が確信に変わった瞬間だった。

 それは樹洞の中で、雷雲ネコさま対策を練っている時に聞いたオセロットの話――。

 ――協力者?

 茶色いマイケルの問いかけに、正面に座るオセロットはしっかりとうなずいた。

『“いつかのレース”が開かれる前のことだ。雷雲の神はレース中、1匹のネコに出会い、そのネコとの間にひとつの契約を交わした。すなわち、雷雲に代わって力を集めると』

「脅されたわけでは」

 虚空のマイケルの問いかけに小さな頭を左右に振る。

『ちがうな。あのネコは自ら進んで協力している』

 オセロットはそのネコの名前を言った。子ネコたちは一様に驚いてはいたけれど、納得している部分も頭のどこかにはあるようだ。

「しかし、一体なんのために」

『メリットならいくらでも考えられる。神の力添えがあれば入賞することなど容易いからな』

「なるほどぉ、そしたら願いなんて何でも叶っちゃうねぇ」

『ネコは雷雲の意図をよく読みよく働いた。いや、よく働いていると言うべきかな。こっちで会うたびに集めた力を渡しているのだから』

「会うたびに?」

「この世界へはそう何度も来られるものなのですか?」

『完走後、ここに留まるかどうかを選べるのだ。特別賞や入賞でしか叶えられないような願いを持つものは大勢いるからな、次のレースへと望みを託すことはままある』

 ただし、とオセロット。

『ここに留まればあちらでの存在が希薄になっていく。親しかった者たちの頭の中にはモヤがかかり、思い出は口から出てくることもなく、やがては名前すら思い出せなくなり、記憶の中からも消えていく』

「それは、死ぬ以上に……」

「もし家族ネコがおればたまらんぞ」

「こっちに残ったネコにはぁ異変は無いのぉ?」

『正気を保てなくなる者もいるらしい』

 ネコの正気がどんなものかが分からないが、とオセロットは加えた。

「だがヤツは、他のネコたちよりもよほどしっかりしていたように思えるな」

「彼らが狂っていたかは微妙だが、確かにそうだ」

『おそらく特別賞にでも願ったのだろう』

「もぉ何でもアリってかんじぃ?」

『このネコが大渦の拡大を加速させている』

 これには子ネコたちだけでなく周りの成ネコたちも驚いていた。ケマールさんも聞き耳を立てている。

『ネコはあわあわの大渦には巻き込まれない。どんなに深く関わろうと罰とは無関係と見なされるようだ』

 それは、と何かに気づいたらしい虚空が、いち早く声を焦らせる。オセロットはうなずきをひとつ。

『雷雲の神は、記憶をなくしながらも、繰り返されるレースのたびにそのネコと会うことで、力を増し続けている』

 その力はすでに大神に届きうるほどだという。

「計らずしも無限強化というわけか」

 これから戦うかもしれない相手の力が天井知らずと聞かされて、さすがの灼熱も深刻な口調になっていた。

「これはシステムの欠陥なのではないでしょうか」

『いいや』

「しかし」

『神たちを後悔させ続ける流れは正しく機能している』

 災いとしてな、と言われて虚空は口をつぐんでしまった。

「……ヤツらのほくそ笑む顔が目に浮かぶようだ」

***

 いくつもの歪んだ柱が、天を突き刺した。

 巨大なクレーターを取り囲み、それぞれを雷鎖が繋いで駆け巡る。まるでイバラの檻だ。

 その檻の真上で火花が散った。すると今まで何もなかった空間にゴツゴツとした機械の球体が現れ、炎のような勢いでガスを噴きだした。まもなくクレーターは薄紫色の怪しい雲に覆い隠されてしまう。

『総仕上げだよ』

 ヒーッヒッヒ。

 どこからともなく響き渡る、錆びたノコギリのような嗤い声。

『さぁ、100万の神を喰らうとアンタはどうなる。あたしに見せなっ』

 ガス雲の中がふっと暗くなる。そこに放たれたのは30匹ちかくの真紅の雷蛇だった。からみ合い、恐怖する獲物の声を楽しむように踊り狂う。と次の瞬間、細神たちに向かって一斉に喰いかかる。光が激しく明滅し、血のように真赤な放電火花がまき散らされた。100万匹分のどよめきが轟きを響かせる。ただしすべてはあっという間のできごとで、数秒後には機械球へと戻っていった。

『細神たちが……』

 大空ネコさまの、かすれた声。

 ガス雲は、明け方の霧のようにすぅっと晴れていく。静寂の端ではいまだ信じられないという囁きが大きくなっていた。中にはガス雲内にいた細神たちに対する懺悔の声も――。

『は?』

 響いたのはひどく間の抜けたガラガラ声。さらに雷雲ネコさまの声が続く。

『なぜお前たち』

 機械球に乗った巨大ライオンの視線を追っていく。すると、ガスの晴れた巨大なクレーターの真ん中に、一塊の影があった。

 いや、影というにはあまりに白かった。

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