(114)9-7:雷雲VS小雨 後編

***

 『権能貸与』と『芯の共鳴』。

 今、子ネコたちの使っている力は、大きく分けてこの2つだ。

 樹洞の中でオセロットはこう言った。

 ――俺の力は弱い。雷雲にはとうてい及ばないし、その一部しか貸し出せないとなればなおさらだ。だがな、弱い力であっても狭い範囲で使えば密度が増し、部分的にはヤツの権能を弾くことさえ出来るだろう。その力のほとんどを、お前たちの身体能力と知覚の底上げに割くことにする。

 さらに子ネコたちは、ハチミツさんとコハクさんから『芯の共鳴』についても教えてもらっていた。それによってオセロットの持つ知識や経験を、感覚として4匹が共有できている。

 ――神格を割られて別の神になったとはいえ、あいつと俺は元々ひとつの神。いつ、どんな動きをしたいのかくらいは手にとるようにわかる。

 その言葉の通り、次にどんな攻撃が、どんなところからどんなふうに来るのかもすべて、かすかな予兆のように伝わってくる。そこに神さまレベルの知覚と身体能力が加わるんだからそれはもう、雷を見てから動くも同然だった。当たる気がしない。

『おいおい雷雲、その力、そんなに雑に使っていいのか、せっかく貯めたんだろう? コツコツと、細神たちを削ってな!』

 一点で、線で、面で、空間で、雷蛇が、雷撃が、咆哮波動が、白雷の矢が、触れたら終わりの無尽の雷が、執拗に子ネコたちだけを狙ってくるこの雷嵐とも言うべき状況の中、オセロットは声高に雷雲ネコさまを煽り続ける。

 けれど巨大ライオンに反応はない。

 いや、もともと狙いはそこじゃないんだ。

 茶色いマイケルは――感覚を共有した4匹とオセロットは、強化した聴覚で聞き耳をたてた。

『なんの話だ?』

『以前話題になったあれだろう、細神を集めて削っていたと』

『雷雲さんが? そんな酷いことするはずがないだろう』

『黒い噂ならいくらか聞いたことはあるが……』

『黒いのは雲だけだ』

『だが見てみろ、現にこの力、特等どころかもはや大神級ではないか?』

『それは確かに……じゃあ』

『しかし、だからといって……』

 派閥の神ネコさまたちの声は雷雲ネコさまには聞こえていないのかもしれない。否定するでもなく、怒鳴り声を上げるでもなく、淡々と攻撃を続けているんだから。

 ただ、その視線がふいに大空ネコさまに向いたのを子ネコたちは見逃さない。

 ――よし。ここまでくれば子ネコの機嫌を取るよりも簡単だ。

 オセロットの意識が流れ込んできたのと同時、4匹が動いた。一瞬で姿を消した子ネコたちに驚きの声を漏らす雷雲ネコさま。茶色いマイケルたちはその一瞬でたてがみの裏に回り込み、耳のうしろの付け根へと飛び込んだ。

 やるべきことはクラウン・マッターホルンで対峙したときと同じだ。

 前回は一帯に雪をまくことで雷の通り道を散らし、ねじ曲げた。今回は小雨ネコさまの権能『昇華熱』を使い、雲の中にある氷の粒を溶かしていく。するとどうなるか。

 雷雲ネコさまから、掠(かす)れた咳(せき)のようなものが漏れた。

 雷が発生しなかったんだ。発生に必要な電位差がなくなったことで雷雲が雷雲でなくなった(と虚空たちは理解していた)。もちろん一時的なことではあるけれど。

 牙のトンネルをくぐって口の中から飛び出してきた子ネコたちは追撃に備えて全速力で駆け抜けた。上下右左に立体的な斜め移動を意識する、ギザギザネコダッシュだ。

 たとえ後ろを見なくても、これなら雷蛇も食いつけない。いつでも来い、と気分が異様に高ぶりミャーミャー鳴きながら走っていたよ。

 ただ妙なことがあった。

 攻撃の気配がないんだ。それどころかさっきまでピリピリと感じていた、痺れ殺されそうな視線さえなくなっていた。

 なんだ、おかしいぞ。

 そう思って振り返ってみれば、そこには不気味に沈黙する雷雲ネコさまの姿が。

 静かに周りを見回している。紫電のたてがみをゆさゆさと揺らしながら、下にいる地核ネコさまや大空ネコさまたち、クレーターに集まる細神たちをそれぞれ確認するように見ていたんだ。空気が変わった。そう思った。その時だ。

『このあたりでいいか』

 それが咆哮だったかは分からない。雷雲ネコさまが口を開けた瞬間に、空気の中の燃やせる気体が一斉に燃え上がり星を焦がし尽くすような、ごぉっ、と聞いたことのないレベルの低音が、茶色いマイケルの感度のいい耳を混乱させた。それは芯を共鳴させている仲間ネコたちにも伝わって、4匹分の苦しみが押し寄せてくる。

『ここで動くか』

 巨大スナネコの大きなつぶやき声にハッとする。見れば雷雲ネコさまが一直線に駆け出していて、茶色いマイケルたちの直上へと滑り込んでいた。

 その瞬間、ふわっと全身の毛が逆立った。

 4匹ともだ。4匹の毛が一斉に膨らんだ。

 そして、頭のうしろに苦鳴を聞いた。

 振り返ろうとして周囲の異常に気付く。糸くずみたいに細い雷が、そこら中でちりちりと青白く火花を散らしていた。静電気とは違って目に見えるのに肌でもヒゲでも感じない。

 おそらくはそれが原因なのだろう、背負った小雨ネコさまの身体が強張ってブルブルと震えている。そこに、

 「いっ」

 バチッという音と共に茶色いマイケルは、背負っていたオセロットから引き剥がされる。振り向きざま、オセロットの四肢に何かが巻きついた。

 雷鎖。

 トゲのある雷の鎖はまたたく間に細身の獣を縛りあげ、刺すような電光を放ち始めた。

 オセロットの影が薄くなり、消えていく。

 その影は叫びも唸りもあげはしなかった。ジタバタすることはなく、ただ、子ネコたちの方を見る。

 そしてコクリと、小さくうなずいた。

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