(108)9-1:ケーブ・ライオ―ネルへ

***

 銀色の森が、子ネコたちの左右をサーッと後ろに流れていく。

 茶色いマイケルは、柔らかい葉を押しつける音をいくつも聴いていた。その奥には少しだけ、硬い土の音が混じっている。たたっ、たたっ、と重さをまるで感じさせない足取りだ。

 子ネコたちは今、4匹の神ネコさまたちの背に乗って、薄く草の生えた大きな道を軽快に走り抜けていた。マークィーから逃げているときには通れなかった、見通しのいい幅広の道を。

「こうも堂々と走れるとはな」

 茶色いマイケルの右側、4つの足を躍動させるクロヒョウに乗った灼熱のマイケルが、内側に何かを滾らせるように笑った。

「ほんと、来てくれてよかったよね」

「マークィーの顔が入口の穴を埋めた時には肝を冷やしたが」

 自分たちの引きつった顔を思い出し、銀色の空に向かって盛大に笑う。これまで押し殺していたものが一気に出てくるようだった。

「場所も教えてくれたし」

「まさかあの場所とは思わんかったがな」

「だねぇ、仰々しい名前がついてたしぃ、どんな大都市かと思えば」

 ケーブ・ライオーネル。4匹の向かっている場所だ。そこには大空ネコさまたちがいて、雷雲ネコさまが悪さを企み地核ネコさまを待ち構えていているのだという。

「あっちは4匹だけで大丈夫かな。置いてきて」

 マルティンさんとケマールさんは樹洞に留まることになったんだ。結構なケガをしていたから置いていくのは心配だったけど、サビネコ兄弟が残ってくれるということで一応は安心できた。ただ、

 あの4匹はどんな話をするんだろう。

 想像がつかない。ケンカしたりしないかな。

「なに心配ない。あのやかましいマルティンも顔を上げて舌を回しはじめたことだ。ケマールとかいう成ネコ以外は社交的だからワイワイやっとるだろう」

 そのネコが心配なんだ。サビネコ兄弟にボーガンを向けても通じないとは思うけど、ケマールさんには話が通じないからなぁ、とぼんやりしていたら、ふっ、と木々が空を隠して暗くなった。

「ワシらはこっちに集中せんとな」

 これから茶色いマイケルたちは神ネコさまたちの集会に飛び込んでいく。なんとしてでも罪を止めなきゃならない。

「うまくできるかな」

 作戦は考えた。成ネコたちにも相談して、なんとケマールさんまでもが知恵を貸してくれた。頭の中ではできそうな気がしてる。だけどもし失敗したらと思うと、息苦しくなってくる。

『うまくする必要はない』

 声は茶色いマイケルがおぶったオセロットから。口調のわりに細い声は、いくらか回復したらしくハリがある。

『必死に行動するしかないだろう。それでさえ身構える必要はないぞ。どうせ必死にならねば生きていられない状況になる』

「こ、怖いこと言わないでよ……」

『相手は神だぞ?』

『そろそろだぜ』

 渋みのある低い声は下からで、茶色いマイケルは跨がっている小さな神ネコさまに「大丈夫?」と声をかけた。

『おいおい、こう見えてオレっちも神なんだからよぉ、まかせときな!』

 ジャガーネコは神ネコフォルムよりも少しだけ大きいくらいの体格なんだ。成ネコが幼ネコ用の三輪車に跨っているようなもの。潰れやしないかと心配になる。でも走りはパワフルだ。

『さぁいくぜ、舌噛むんじゃねぇぞ』

 並んだ針葉樹の先に切れ目が見えた。前方から、明るく開けた場所がすごい勢いで近づいてきたと思ったら、光の向こう側に一際大きな針葉樹があらわれる。その幹の腹に神ネコさまたちは足をかけ、蹴り上がり、垂直に駆けのぼる。

 円錐形に繁った樹冠の先の、そのてっぺんのトンガリを後ろ足で蹴った。

 足場はない。足場はないけど駆け上がる。宙を蹴ってどんどんどんどん空へと登っていった。

***

 その場所に着いて、まっ先に目に飛び込んできたのは鋭利に欠けた青の大岩だった。見上げるほどに巨大な岩石は、小さな岩に周りを囲まれて、誰かのでっかいお墓みたいに空に向かって突き立っていた。小さい岩といってもどれもが子ネコの数倍から数十倍はあるけどね。どす黒いシミが不気味に滲んでいる。

 超巨大スラブの成れの果て。

 茶色いマイケルたちの目指していた場所『ケーブ・ライオーネル』はついさっき、メガロ・カットスたちと戦っていた場所だったんだ。

 子ネコたちは神ネコさまたちの背中から降りると、横たわっている小ぶりな欠片(10メートルくらいの高さはある)の陰からその向こう側を覗き込んだ。

 早朝の吹雪みたいに視界を塞いでいた金属の霧はもう、ほとんどが晴れてしまっている。錆びた大地には巨大な裂け目があり、その周りにはいくつものクレーターとメカネコの残骸が散らばっていて、足のふみ場を見つけるのが大変そうだ。戦いの跡は、もの悲しい。

 もう少し前へ出てみよう。みんなと目で合図し合い、身を隠せるよう岩と岩との隙間に入り込んで見れば、遠くの景色までよく見えた。不自然にえぐれた丘の手前、ひときわ大きなクレーターがある。

「……すごい数だね、どれくらいいるんだろう」

 ゆるく、広く、地面を抉った巨大な陥没には、大勢の神ネコさまたちが集まっていた。中心の丘を取り囲む様子はさながら円形劇場で、かすかに光っている。そこだけ違う素材が敷き詰められているように見えるんだ。

『地表派閥の会員数は大雑把に100万には満たないが、ここには他の神々もいるようだ。共にメガロ・カットスに立ち向かったことで、新たに加わった神たちもいるかもしれないな』

 茶色いマイケルの右肩からオセロットが小さな顔をのぞかせる。

「ほとんど神ネコフォルムだ」

『基本的にフォルムは自由なんだがな。2大派閥の大将たちが好んで使ってっから、なんだかんだマネしてるってのが大半だぜ』

 中には義務感から神ネコフォルムにしている神もいるらしい。一方、茶色いマイケルの下にしゃがんでいた灼熱と虚空の目は、目的だけを追っていたようだ。

「さて、その大空の神たちはどこにおるのか」

「あちらの岩の向こうに回り込んでみよう」

 割れ目の向こうにも巨大な岩の欠片はいくつかあった。そのいくつかはクレーター野外劇場の外周にどすどすどすと突き刺さっていて隠れるにはもってこい。茶色いマイケルたちは一度裏から回り込み、神ネコさまたちの様子がもっとよく見える場所を探すことにしたんだ。岩陰を渡っているときだった。

 子ネコたち8匹が幅広の濃い影に入ろうとした瞬間、

『おいお前ら』

 その岩の影がニュッ。線の細い影が立ち上がる。

『よくもまぁノコノコとこんなとこに来られたなぁ。神経疑うぜ』

 岩の上でこちらを見下ろしていたのは、ジャガランディ――礫ネコさまだ。

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