(106)8-24:計画

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 昨日の夜、神さまたちと一緒にコテージで夕食を囲んでいた時のことだとマルティンさんは言った。

「長テーブルの上座でシーザーサラダのボウルに顔を埋めていた大空の神さまが、何やらご機嫌な調子でこんな話をし始めたんだ」

 ――さてさてみんな、明日はいよいよ本番だ。僕たち地表の神にとって待ちに待った日がやってくる。

 残念ながら、なぜか大地は今回のレースに参加していないけど、代わりは“流れ”ちゃんがしてくれるっていうから安心だ。優秀な部下を持つと心置きなく休めるね。もちろん優秀なのは流れちゃんだけじゃないよ。みんなそれぞれに役割を見つけて力を発揮し、助け合ってきたからここまでこられたんだ。僕と大地だけじゃあ地表をまとめるなんてことは出来なかった。

 明日、僕たちは力を得る。

 地核のじいちゃんにはもう連絡をしたからね、後戻りはできないよ。

 あはは、強張ってるね。わかるわかる、僕も最初はこんな計画無謀だと思ったものさ、きっと同じような顔してたろう。でも安心していいよ、なんたってこっちには雷雲ちゃんがいるからね、たとえもしもの場合があったとしても、すごい感じでどうにかしてくれるはずさ。今までもそうだったでしょ?

 だから僕たちはもっと力を得る。

 想像してごらんよ、うるおう地表の姿をさ。星々の冷たい輝きなんかとは違う、生命の活気あふれる豊かな輝きを、僕たちの力で星の表に引っ張り出すんだ。

 あとはケーブ・ライオーネルに行って、受け取るだけ。前途は明るい。

 ええとあとは……いっか。さぁみんな、前祝いだ、無礼講。どんどんやっちゃって――。

 マルティンさんは大空ネコさまの演説を声にしたあと、小さくて速い息を吐いた。茶色いマイケルたちには見えない、その時の光景を見ていたのかもしれない。

「なるほど。つまり大空の神たちは今日、ケーブ・ライオーネルという場所に行き、地核の神から何かを受け取ることで力を得るということか」

「その“受け取るもの”についてはぁ何か他に言ってなかったかなぁ」

 神さまたちがこぞって求めるものって、なんだろう。マルティンさんは目頭を揉みながら「たしか……」と言葉を絞り出す。

「神の力を集めて作った、何とかいう鏡だったかと」

 いくつかの言葉がシュルシュルっと結びつき、記憶の浅いところに漂っていた言葉にくっついて釣り上げる。

「「「「神世界鏡!」」」」

 目を見開いた灼熱のマイケルに「知っているのか」と尋ねるマルティンさん。答えたのは虚空のマイケルで「実は以前、神に頼まれごとをしたことがあって」と、かなり大雑把に話をしていた。大空ネコさまの名前さえ出てこない。

「しかし、神世界鏡の欠片はすでに……」

 虚空が言うには、クラウン・マッターホルンを出て、時の女神さまの部屋に行き、そのあとにはもう鏡は手元に無かったらしい。ネコ精神体になるときに回収されたんだろうという話になったけど、問題はそこじゃない。

「まさか地核の神から奪うのか? 大空の神たちが」

 奪う、という言葉は鋭く胸を刺す。怖い言葉だ。

「だとしたらぁ大空ネコさまも共犯確定だけどぉ」

 マルティンさんは首を横に振った。

「大空の神さまは“地表で預かる”と言っていたよ。流れの神さまに地核の神さまを呼び出してもらい、そこでみんなで声をあげて交渉するのだと」

「直訴のようなものか」

「……平和的だな。成功するしないにかかわらず、罰など受けそうもないが」

 虚空と灼熱が並んでしっぽを傾げる。茶色いマイケルもそれがあわあわの大渦にまで繋がるとは思えなかった。そこへマルティンさんが、

「いいや待ってくれ、私が聞いたのはその後のことだ。そのあとの話でこうなった」

 鼻筋に乗った包帯をつまんで見せた。

 宴席に招かれていたマルティンさんは、何の話かさっぱり分からないながらも、「めでたいめでたい」と神さまたちにお酌をし、場を盛り上げたそうだ。自分もかなり飲んでいたから「ちょっと失礼致します」と、離れにあるトイレへと行ったらしい。

 用を済ませてから洗面台の鏡の前で毛を整えていたところ、どこからともなくこんな声が聞こえてきた。

 ――明日は手はず通りに。……そうだ、交渉がまとまり……直前だ、そこを狙う。……ああ、場にいる細神たちはすべて……。

 雷雲ネコさまの声はエアーダクトを通って聞こえてきていたらしい。毛を整え終えたマルティンさんがトイレから出ると、庭先のベンチに雷雲ネコさまがいたらしく、そこで目があったのでシルクハットのつばを摘んで挨拶をしたのだとか。

「元々興味のない話だったからね、なんのことか分からなかったものの……神の神から罰を受けるほどの悪事であれば、口を封じようともするだろうな」

 苦笑いの明るさが、瞳にかかる影をより暗く見せていた。

「いやはや、話がわかるとはっきりするね。いよいよ自分が間違っていたのだと突きつけられたようで喉が苦しくなるよ。ゴロゴロも鳴らせない」

「喜ぶべきことじゃないか」

 すかさず割り込んだ虚空のマイケルの声はことさら明るい。

「間違いは明らかになってしまえば認めるしかないんだ。これからのあなたに出来ることは、素直に事情をはなして謝ることだけ。進むべき道は絞られた。これほど分かりやすい一本道もそうないだろう」

 口実はできた。これで素直になれるじゃないか。

 その言葉にマルティンさんは目を見開いて、それから瞳を澄んだ色に輝かせていたよ。

 一方、雷雲ネコさまの悪巧みを知った灼熱のマイケルは、

「できるのか? 神格とやらを削られた神が、大神と特等の神のあいだに割って入り、ましてや神の宝をかすめ取ろうなどということが」

 と難しい顔でひっきりなしにヒゲをつまんでいる。茶色いマイケルは一生懸命考えてみたけれど、トンビがピューと飛んできて油揚げをかっさらうくらいの雑なイメージしか湧いてこなかった。強すぎる相手を出し抜くにはどうすればいいんだろう。

「まぁ方法は分からないけどさぁ、一つはっきりしてるのはぁ、雷雲ネコさまが実際にその困難を成功させちゃうってことだよねぇ」

「だな。そもそも成功しなければ罰は与えられないのだから」

 そう、「そんなことできないよ」と言いたくなることだけど、雷雲ネコさまはやってしまうんだ。それは確定してしまっている。

 灼熱のマイケルは両手で頬を張った。

「ということはだ、特別賞ではなく2つ目の方策をとる場合、大空の神にしろ雷雲の神にしろ、どちらかの、あるいは両方の神を説得する必要があるということだな」

 どうする? と問いかけられた茶色いマイケルは困ってしまった。見れば他のマイケルたちも腕を組んでいる。

 説得、できるだろうか。

 大空ネコさまは、風ネコさまから聞いた雷雲ネコさまの悪事をちっとも信じなかったという。他方、雷雲ネコさまの巨大な顔を思い浮かべると、そもそも耳を貸してくれるのかどうかも怪しいところ。

 虚空のマイケルが言った。

「少し問題を刻んでみるか。説得方法はとりあえず置いておくとしよう。まずは説得に行く道を選んだ場合、どんな可能性を失うかだ」

「ふむ、説得に失敗すれば秤にはたどり着けんだろうな。その時点で罪が成立してしまう。そうでなくとも特別賞には間に合わんだろう。他のネコたちはもうゴールに向かっとるだろうし」

「まぁそうだよねぇ。だとしたらぁここで切り替えて特別賞を狙ったほうが簡単だよねぇ」

 一瞬だけど空気が沈んだところを見た気がしたよ。

「しかし、条件がわからん。何をどうすれば特別賞をもらえるのだ」

「とにかくぅ早くゴールすればいいんじゃなぁい?」

「厳しいな。今は他のネコたちの状況もわからんしな」

「だとすればやはり、説得方法を練って神々と直接対峙するべきか」

 そこへ、問いかけられる。

「お前たち。世界には、そこまでして救う意味はあるのか?」

 白骨のボーガンを構えた成ネコの鋭い左目には、哀しげな銀の光が漂っていた。

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